著者
佐倉井 紀子 河村 光俊
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2004, pp.B0044, 2005

【はじめに】重症心身障害児(者)の肢体の特徴として、全身的または部分的な筋緊張の亢進が多く認められる。四肢の筋緊張が強い場合は、特に上肢では屈曲拘縮(肩関節屈曲、肘関節屈曲、手関節掌屈、母指内転)が起こり易く、更衣の着脱や移乗動作が困難になるなどのADLに支障をきたすことも多い。関節可動域制限が筋緊張によってある場合、目的の関節を直接伸ばそうとすると逆に筋緊張が増す。そのため当施設でも体位変換や揺らしを利用したり、自発的な運動後の弛緩状態を狙ったりし、一時的に緊張をといて間接的な関節可動域改善を行ってきた。しかし実際には長期的な可動域制限の進行をとどめるには困難である。そこでこの度、先ず末端部分をほぐすことで可動域の改善を試みてみた。具体的には上肢では内転ぎみの母指を外転方向にリズミカルにストレッチし内転筋をほぐす。この母指外転法を5症例に行った結果、上肢全体にリラクゼーションが図られ、直接アプローチしていない手関節の背屈・肘伸展・肩屈曲角度にも改善がみとめられたのでここに報告する。<BR>【対象】6歳から54歳の重症心身障害児(者)男女5名。いずれも母指内転し、筋緊張によって上肢に可動域制限のある者。<BR>【方法】症例の内転ぎみの母指を、外転方向にマッサージするようにほぐしていく。なお母指には橈側外転と掌側外転があるため、どちらの方向にもストレッチできるように若干回しながら行う。効果判定は、各関節の可動域角度の変化をみるものとする。<BR>【結果】母指を外転する回数を増やしていくと、5症例とも直接アプローチしていない手関節に改善があらわれ、その最適施行回数と改善角度は症例の筋緊張の状態によって若干異なるが,最低でも50回施せば効果は期待できると判断された。結果として手関節には10度から25度の改善がみられた。また、約2ヶ月間、1回/週のリハビリ時に母指外転法を取り入れた結果、施行直後はもとより、経時的にも手関節の関節可動域改善の効果が見られた。手関節のみならず肘関節や肩関節を含めた上肢全体の緊張の緩和が図られたものもあった。<BR>【考察】筋緊張によって上肢の関節可動域に制限のある重症児(者)に対し、末端部分である母指を外転させることによって、無理なく上肢の関節の緊張を緩和することができた。変形・拘縮肢位は何年もの間の連合反応の結果である。末端の肢位は上位の緊張に大きく関わりがあることは知られており、今回の試みは、末端の内転筋を緩めることにより上肢の屈曲パターンを崩し、ブロックすることで上肢全体の筋緊張の緩和が得られたと解釈する。また、この母指外転法は,すでに制限のある重症児(者)に対してアプローチするだけでなく、幼児期からの拘縮予防に多いに役立つのではと考える。特別な技術を要さず安全に行え、いつ何時でもアプローチでき、施行回数も50回をめどに行えば効果は期待される。
著者
佐倉井 紀子 古閑 さやか 芦田 朋子 佐倉 伸夫
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2007, pp.B0665, 2008

【はじめに】重症心身障害児(者)の緊張の緩和、体幹や下肢のストレッチを行う場合、対象者の姿勢としては背臥位で頭部と体幹を床につけたまま臀部を挙上する、または腹臥位を取ることが多い。しかし、臀部挙上では、伸展パターンの強い障害者は緊張が増してストレッチが難しく、また腹臥位を取る方法では、酸素吸入中、人工呼吸器装着中、体が大きい、骨粗鬆症などの障害者にとっては体位変換が困難で、すぐさま行いにくい。そこで背臥位でプラットフォームより膝下を下垂する肢位を取ってアプローチをしたところ、全身の緊張が軽減し、体の左右対称度も増していることに気がついた。更に股関節外転位の蛙状変形についても、正中方向へのストレッチ効果があった。そこで、筋緊張の非対称によって体幹下部、股関節に変形が生じている重症心身障害児(者)に対して、背臥位から膝下下垂肢位を取った場合の対称性の改善率をみて比較検討を行うこととした。<BR>【対象】重症児(者):大島分類1;21名 (風に吹かれた股関節;14名、 蛙状肢位;7名)<BR>【方法】対象者の床上での背臥位と、膝下下垂肢位の6点評価を行い、各測定角度の左右非対称性の改善率を出して効果をみた。風に吹かれた股関節の測定では両角の平均値からの差を偏位とし、蛙状肢位の股関節部は90度との差を偏位として次の式にて改善率を計算した。改善率(%)={(背臥位の偏位-膝下下垂の偏位)/背臥位の偏位}×100<BR>【結果】膝下下垂肢位にて対象者全員に非対称改善の効果が見られ、背臥位と比較して風に吹かれた股関節の体幹下部は約47%、股関節部は約56%、蛙状肢位の股関節部は約52%の改善を認めた。<BR>【考察】単に膝下を下垂する姿勢をとるだけで、体幹と股関節の非左右対称性が50%ほどに改善する。腹臥位姿勢での管理は体幹部の非対称性改善に効果的であるといわれているが、膝下下垂肢位においても対称性が改善される理由として、背臥位では屈曲位になりがちな股関節を腹臥位と同様に伸展するためと考える。股関節屈筋群が足の重みで無理なく伸張されて、全身の対称性も増し、背面にかかる圧力も均等化されるためリラックスを得やすい。人工呼吸器装着中の方にも取り入れやすく、膝下下垂したまま上肢のアプローチを行えば体幹と上下肢を同時にストレッチすることになり効率も良い。更に対称性が改善されることで治療姿勢として次のような有効性がある。1)風に吹かれた股関節の下側下肢のストレッチが行いやすい2)風に吹かれた股関節のねじれ型も下肢正中位でもねじれが増さない3)蛙状肢位の腰椎後彎を前彎方向にストレッチしやすい4)座位姿勢への移行も良好である5)伸展パターンが抑制されアプローチしやすい6)下肢の交叉が強い場合も寝返りできる。膝下下垂肢位を日常的なポジショニングとして使用し、経時的な変化を見ていくことが今後の課題である。