著者
佐藤 嗣男
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.39, no.12, pp.47-55, 1990-12-10

習作時代の井伏鱒二の作品の中に隠岐の島を舞台とした『幻のさゝやき』がある。『幻のさゝやき』は一途に生きる田舎の少女と都会から来た少女との間に交わされる<人間の愛の言葉>と<人間愛>の美しさが讃歌されている。この作品は<愛の言葉>を謳ったAnton TchehovのA JOKEを下敷としている。絶望と紙一重のところで人生を正しく生きようとする井伏文学の底流にTchehovの摂取があったことを物語る一つの証左である。