- 著者
-
佐藤 昌利
- 出版者
- 一般社団法人 日本物理学会
- 雑誌
- 日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
- 巻号頁・発行日
- vol.69, no.5, pp.297-306, 2014-05-05 (Released:2019-08-22)
1937年,Majorana(マヨラナ)によって,電気的に中性な素粒子を記述する新しいフェルミオンが導入された.のちにマヨラナフェルミオンと命名されたそのフェルミオンは,複素数の場で表される通常のディラックフェルミオンと異なり,実数の場で表すことができ,そのため自分自身が反粒子であるという特徴をもつ.ニュートリノがマヨラナフェルミオンであると期待されているが現時点では直接的な実験的証拠は見つかっていない.ところが,最近,超伝導体の励起状態としてマヨラナフェルミオンが実現される可能性が議論され,実際に実験によってその証拠が報告されはじめている.この記事では,素粒子の世界でなく,超伝導体という通常の電子の世界で何故マヨラナフェルミオンが実現されるのかということを解説する.まず,最初にマヨラナフェルミオンが実現される舞台であるトポロジカル超伝導体について説明する.トポロジカル超伝導体とは,基底状態の波動関数から計算されるトポロジカル数がゼロでない値をとるトポロジカル相の一種である.トポロジカル相には,バルク・エッジ対応と呼ばれる数学的構造よりその表面に質量ゼロのディラックフェルミオンに類似の集団励起が存在する.更に,超伝導体では,クーパー対の存在によって,電子とその反粒子である正孔とが同一視され,そのため,超伝導体中のフェルミオン励起は自分自身が反粒子となる.この2つの条件が重なることで,自分自身が反粒子であるディラックフェルミオン,すなわちマヨラナフェルミオンがトポロジカル超伝導体表面で実現されることになる.マヨラナフェルミオンがトポロジカル超伝導体で実現されることは,2000年にReadとGreenによって分数量子ホール状態とスピン三重項超伝導体の類似性を用いて初めて示された.トポロジカル超伝導体内の超伝導渦にマヨラナゼロモードが存在すると,渦自体の統計性がボーズ統計から非可換統計(粒子の交換によって新しい状態が作れる統計)へと変化することが示され,量子コンピュータなど新しいデバイスへの応用の期待から,注目を集めることとなった.しかしながら,スピン三重項超伝導を実現する物質が非常に少ないこともあり,実際にマヨラナフェルミオンが実現されたという報告はなかった.ところが,2003年の筆者の研究に続いて,2008年にFuとKaneがディラックフェルミオンのs波超伝導状態でマヨラナゼロモードを実現する可能性を示したことを発端とし,非可換エニオンを実験室で実現する機運が高まってきた.更に,2009年に筆者と藤本氏によって,通常の電子のs波超伝導状態もスピン軌道相互作用とゼーマン磁場によって,トポロジカル超伝導体へ相転移することが示され,冷却原子系からナノワイヤー系まで様々な系でマヨラナフェルミオンが実現可能であることが明らかになった.