著者
余越 萌 河原 行郎
出版者
公益社団法人 日本薬学会
雑誌
ファルマシア (ISSN:00148601)
巻号頁・発行日
vol.51, no.1, pp.37-41, 2015 (Released:2018-08-26)
参考文献数
25

アルツハイマー病やパーキンソン病に代表される神経変性疾患は,いずれも病態機序が解明されておらず,根治療法も確立していない.今後,高齢化社会の到来に伴い,患者数が着実に増加することは確実であり,早急な治療法の確立が強く望まれている.一方,近年の次世代シーケンサーの実用化に伴い,比較的少数の家系サンプルでも,疾患の遺伝子座が同定できるようになった.この結果,神経変性疾患においても,新たな原因遺伝子変異の報告が相次いでいる.特に,筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis:ALS)や前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration:FTLD)では,次々とRNA結合タンパク質遺伝子の変異が同定されるようになり,発症病態にRNA代謝異常が深く関与していることが明らかとなりつつある.ALSは,上位および下位の運動神経細胞が選択的に変性脱落し,全身の筋力が低下する神経難病である.主に中年期以降に発症し,9割以上が孤発性である特徴を持つ.一般的には,感覚系や認知機能は障害されないが,以前より一部に認知障害を呈するケースがあることが知られていた.一方FTLDは,アルツハイマー病,レビー小体型認知症に続いて,3番目に多い神経変性型認知症性疾患である.ALSとFTLDでは,障害される神経細胞が異なることからも別の疾患と考えられてきたが,遺伝子座が同定されるにつれて,その一部は同じ疾患スペクトラム上にあることが明らかとなった.すなわち,同じRNA結合タンパク質遺伝子変異でも,ALSから発症するケースとFTLDから発症するケースがあり,進行とともに互いの症状を合併する.これらの知見は,疾患の発症病態や変性する神経細胞の特異性を考える上で,大きなパラダイムシフトを起こした.さらに2011年になって,一部のALSおよびFTLDにC9orf72(Chromosome 9 open reading frame 72)遺伝子のイントロンにあるGGGGCCリピート配列の異常伸長がその原因として同定された.この発見は,RNA代謝の調節因子であるタンパク質の機能異常も,調節される側のRNAの異常でもALSやFTLDになることを示唆しており,RNA結合タンパク質とRNA間のバランスの破綻が発症の根底にあると考えられるようになった.これまでにも,リピート配列の異常伸長に起因する神経変性疾患は,ハンチントン病や一部の脊髄小脳変性症など数多く知られており,凝集タンパク質がもたらす細胞毒性が神経変性を誘導すると考えられてきた.しかし,ALSやFTLDにおける一連の発見は,神経変性疾患の発症病態におけるRNA代謝異常やRNA毒性の重要性を認識する契機となり,急速に研究が進展しつつある.本稿では,RNA代謝に焦点を当てながら,最新の神経変性疾患の発症病態に関する知見を概説したい.