著者
入江 貴博
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.60, no.2, pp.169-181, 2010-07-31 (Released:2017-04-21)
参考文献数
74
被引用文献数
1

温室効果ガスに起因する地球温暖化への懸念を背景として、欧米では外温生物の温度適応に関する研究集会が近年頻繁に開催されている。決定成長の生活史を伴う分類群を対象とした研究者の間では、低い温度環境で育った外温動物が長い発育期間を経て、より大きな体サイズで成熟するという反応基準の適応的意義が古くから議論の対象となってきた。この温度反応基準は、分類群の壁を越えて広く観察されることから「温度-サイズ則」と呼ばれている。温度-サイズ則が制約の産物であって、自然淘汰の産物ではないのだという可能性は、主に昆虫を対象とした実証研究によって繰り返し否定されてきた。その一方で、この普遍的な反応基準を進化的に支える適応的意義を説明する数多くの(相互に背反しない)仮説が提唱されている。この数年で温度-サイズ則の適応的意義を説明するための理論的基礎は整いつつあり、現在はそれらの妥当性を検証するための実証研究に対する需要が高まっている。しかしながら、多くの仮説は生活史進化の分野で理論研究の一翼を担ってきた最適性モデルに基づくものであり、数式を用いた表現に慣れていない者にとっては、その論理を直感的に理解することが容易でない。従って、本稿ではまず生活史形質の温度反応基準に関する過去の研究を幅広く紹介することで、この分野での基礎となる考え方を紹介する。次に、温度-サイズ則の適応的意義を説明するために提唱されている代表的な仮説をいくつか取り上げ、可能な限りわかりやすく解説する。最後に、この問題を解決するために今後取り組まれるべき課題を述べる。
著者
入江 貴博
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.57, no.1, pp.55-63, 2007-03-31
被引用文献数
3

寒冷な生息地(高緯度・高地)ほど成体サイズのより大きな個体が見出される種内地理的パターンはベルクマン・クラインと呼ばれ、分類群を越えて動物界に広く知られているが、その近接・究極要因は分類群によって異なる。野外においては、しばしば複数の環境要因が体サイズとともに共変動を示すことが、その原因となる環境勾配の特定を難しくする。また、環境要因は体サイズそのものに直接の影響を与えるとは限らず、成長率や成長期間といった他の生活史形質に影響することで、体サイズを間接的に支配する場合もある。従って、体サイズ・クラインの原因となっている環境勾配を明らかにするためには、体サイズ以外の形質を含めた生活史形質と環境の勾配に関する野外データの収集に加え、飼育個体を用いた環境操作実験によって近接要因を特定する必要がある。また、生活史理論に基づく数理モデルを用いた最適生活史の推定は、究極要因の特定にきわめて有効な手法である。ベルクマン・クラインの成立には、集団間の遺伝的変異が介在する場合が少なくないが、一方で体サイズやその他の生活史形質における表現型可塑性も同様に重要である。従って本稿の後半では、ベルクマン・クラインの近接要因であると特定または推定される個別の環境要因ごとに、それらが体サイズに関する遺伝的分化や表現型可塑性にどのような影響を及ぼしているかについて、特に外温動物に関する研究例を紹介する。
著者
入江 貴博
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.68, no.1, pp.1-15, 2018 (Released:2018-04-06)
参考文献数
54

表現型の種内変異に対する研究者の興味は、生態学はもとより分類学・遺伝学・進化生物学といったマクロ生物学の発展と常に共にあった。本稿では、特に海産腹足類を対象とした研究に焦点を絞り、1930年代から現在に至るまでの各時代の研究者が貝殻形態の種内変異をどのように捉え、対象種が示すパターンの理解に織り込んできたかを概説する。生物学的種概念や新体系学の提唱、集団遺伝学と総合進化説の確立といった、現代生物学像へと直結する重要な概念が次々に登場した時代にあっても、軟体動物学の種分類は主に貝殻形質の観察に基づいて進められていた。本稿の前半では、貝殻形態に著しい種内変異を示すMonetaria属のタカラガイについて、個体発生を中心とした生態的特徴を踏まえた上で、激動の1930年代ドイツにおいて進められた種分類と種内分類の内容とその思想的背景を簡単に紹介する。その上で、Ernst Mayrによって提唱された生物学的種概念に準拠する分類がなされるためには、その根拠形質の示す特徴が表現型可塑性の産物でないことが必要であり、それを確認するためには飼育実験の実施が必要であることを強調する。後半では、タマキビ(Littorina属)とチヂミボラ(Nucella属)の貝殻形態に見られる種内変異と捕食者(カニ)に対する誘導防御の関係を明らかにするべく、北米や北欧の研究者によって精力的に進められた一連の研究を振り返る。これらの系は、海産腹足類を対象とした飼育実験が生物現象の理解に大きく貢献した好例であり、生態学の見地からも情報の整理と再評価が必要な内容だ。最後に、野外で観測された表現型分散が問題となった場合に、それに対する寄与として遺伝(G)と環境(E)の影響を定量的に切り分けることは、分類学において生じる上述のような問題だけでなく、自然選択に対する進化的応答を考える上でも重要であることを強調したい。
著者
入江 貴博
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.60, no.2, pp.169-181, 2010-07-31

温室効果ガスに起因する地球温暖化への懸念を背景として、欧米では外温生物の温度適応に関する研究集会が近年頻繁に開催されている。決定成長の生活史を伴う分類群を対象とした研究者の間では、低い温度環境で育った外温動物が長い発育期間を経て、より大きな体サイズで成熟するという反応基準の適応的意義が古くから議論の対象となってきた。この温度反応基準は、分類群の壁を越えて広く観察されることから「温度-サイズ則」と呼ばれている。温度-サイズ則が制約の産物であって、自然淘汰の産物ではないのだという可能性は、主に昆虫を対象とした実証研究によって繰り返し否定されてきた。その一方で、この普遍的な反応基準を進化的に支える適応的意義を説明する数多くの(相互に背反しない)仮説が提唱されている。この数年で温度-サイズ則の適応的意義を説明するための理論的基礎は整いつつあり、現在はそれらの妥当性を検証するための実証研究に対する需要が高まっている。しかしながら、多くの仮説は生活史進化の分野で理論研究の一翼を担ってきた最適性モデルに基づくものであり、数式を用いた表現に慣れていない者にとっては、その論理を直感的に理解することが容易でない。従って、本稿ではまず生活史形質の温度反応基準に関する過去の研究を幅広く紹介することで、この分野での基礎となる考え方を紹介する。次に、温度-サイズ則の適応的意義を説明するために提唱されている代表的な仮説をいくつか取り上げ、可能な限りわかりやすく解説する。最後に、この問題を解決するために今後取り組まれるべき課題を述べる。