著者
八木 弥生
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.70, no.3, pp.335-354, 2005-12-31

本稿は、ふたりの乳がん患者会リーダーが、自らの病いの苦悩を見据え、日常的に相互交流を深めながらそれぞれの患者会を運営し、他の患者をケアしていくことによって、自己活用の価値や病いの意味に気づき、人をケアすることを通して自分自身もケアされていくことを認識するプロセスを明らかにすることを目的とした。ほとんど構成のないインタビューをそれぞれ別に実施し、自由に語られた彼女らの物語りを、それぞれのライフヒストリーとして再構成した。それ等を比較検討すると、家族背景や生活環境の多少の違いはあるものの、それぞれのライフヒストリーは相似形を成したので、これをふたりのライフヒストリーとした。ふたりのライフヒストリーは次のような8項に分けることができた。1 中年期の専業主婦として家族の世話に忙しく、自分の健康問題への関心が疎かになっていた日常の中で乳がんを発見する。 2 異なる環境でそれぞれに苦悩しながら、乳がんの治療を受け、自らのからだに生じていることへの認識を高める。 3 術後1年で同側への再発(Bさん)、退院後1週間で反対側の乳がんの発見(Cさん)という現実に圧倒される。 4 初発時より苦悩は深まるが、病気に関連するさまざまな学習を深める。 5 患者会のリーダーとなる過程でふたりは知り合い、さらに共通の知己となったT医師とも協同していく。 6 家族の協力を得て患者会活動を充実・発展させていく。 7 医師や患者会の援助を受け、ふたりの協同で活動を社会的に発展させていく。 8 患者会活動を通して、乳がんの経験の人生における意味を味わう。 また、逐語録を詳細に吟味し、病いの経験がふたりの人生にもつ意味を象徴的に語っている箇所を抜き出し、同じ要素をもつものを集めて分類して次の3項にまとめた。 1 自らの人生は自らが織り成すものである。 2 病いは共存していくもので、織り成していく人生の一部である。 3 病いを克服していく力は、苦悩を人生に織り成すことによって強められる。 ふたりの乳がん患者会のリーダーは、病いとともに生きることが自分の生き方を強く深くしてきたと解釈しており、さらに、患者会に集まる人々のための世話をする過程で、その人々もまた強められていく様子を見ていくことに喜びを感じていた。また検診に関して行政を動かし、医学生の教育の一端を担えるようになったことなど、病いを経験しなければ味わえない喜びを味わっていた。彼女たちは人をケアすることによって、ケアの本質である「成長」と「自己実現を果たす」プロセスを歩んでいた。