著者
内藤 暁子
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.73, no.3, pp.380-399, 2008-12-31

本論文の目的は、ニュージーランドにおける先住民族マオリと非先住民による国民創成を、ワイタンギ条約をめぐる社会的・政治的動向を軸に再考することにある。ワイタンギ条約はマオリに先住民族性をもたらし、かつ、ニュージーランドという国家の出発点ともなっているからである。まず、多様な解釈が可能なワイタンギ条約の概要とその位置づけの変遷を述べ、現代において再評価されたワイタンギ条約とその結果としてのワイタンギ審判所の活動に焦点をあてた。それはマオリ復権運動の現れでもある。また、現代のマオリ社会において特徴的な、都市マオリにみられるエスニック・アイデンティティのような汎マオリ的先住民族性、戦略的ネオトライバリズム、文化的ナショナリズムをとりあげ、マオリタンガ(マオリらしさ)の状況に応じた表徴の多様性を明らかにした。一方、主流社会における、前浜・海底問題を契機とする「一律の市民権」という主張は、「タンガタ・フェヌア(土地に属する者、すなわち先住民族)」という特別な位置づけを求めるマオリ側と鋭く対立した。以上の要件をふまえて、マオリとヨーロッパ系住民という二文化主義、および多文化的現実が進むなかでのナショナル・アイデンティティを考えるとき、「移民」「市民権」「二文化主義と多文化主義」という三つの要素が重要となってくる。また、ワイタンギ条約を現代に生かす道を選んだニュージーランドにおける二文化主義は、文化の尊重というレベルにとどまらず、条約のパートナーシップに則ったパワーシェアリングがめざされる。そして、「土地に属する人(タンガタ・フェヌア)であるマオリと、条約によって土地に住む人(タンガタ・トゥリティ)であるパケハとの共生」という考え方はニュージーランド国民創成の新たな指針となる可能性をもち、マオリとパケハのバイナショナリズムのコンテクストのうえに多様な移民たちを受け入れる素地となるだろう。