- 著者
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力丸 光雄
- 出版者
- 公益社団法人 日本化学会
- 雑誌
- 化学教育 (ISSN:24326542)
- 巻号頁・発行日
- vol.34, no.3, pp.197-201, 1986-06-20 (Released:2017-09-15)
賢治は確かに「原体験」として科(化)学を勉強し, 地質調査・土壤分析の実績もあり, また教師として化学を教えたりもした。彼は「科学」の言葉で詩を書いたと人を驚かせたが, それが単なる言葉だけでなかったのは無論である。「空でひとむらの海綿白金(プラチナムスポンヂ)がちぎれる」と彼がいうとき, それは「反応速度論」をふまえた, 触媒作用をもつ白金(の雲)を意味した。とにかく, 彼の科学ないし化学の知識が, 宗教体験, 自然との交感などと相まって, 彼の宇宙観-即「芸術」といってよかろう-の形成の土台となったことはまちがいない。「詩人」としてよりは「一個のサイエンチスト」として認めて欲しいと語ったことがあるといわれるが, 彼は一介の「サイエンチスト」に留まる器ではなく, 「銀河を包む透明な意志」をもって「われらのすべての生活を一つの巨きな第四次元の芸術に創りあげようではないか……」とうたうのである。