- 著者
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北畠 潤一
- 出版者
- The Association of Japanese Geographers
- 雑誌
- 地理学評論 (ISSN:00167444)
- 巻号頁・発行日
- vol.54, no.8, pp.437-447, 1981
- 被引用文献数
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以上述べた所を要約すると,次の事実が明らかになった.<br> 1. 最初,住宅地化は丘陵の中部以南で著しく,近鉄奈良線沿線とそれに交差する十字型を核として面的開発が急進した.同時に,南東・南西部でも緩慢な点的開発がおきた.中期は中・北東部で急速に,そして後期には中部の南端と西寄りの地域にも開発前線が延びていった.その間,住宅地はまず量的に増大し,住宅は高級化し,近代的で美しいものとなった.山麓線も北西部を除く全域が住宅地化した.<br> 2. 奈良盆地の北西部丘陵の人口は4倍に膨張し,3万余世帯,10数万を擁する大住宅地域が形成された.新住宅地は初め鉄道に強く依存した.そして,次第に最寄駅との間の時間距離を増大し,地域的に拡散した.しかし,新住宅地が完成に近づき,人口が増すと道路は改修され,バス路線の延長・増発も実現し,約半数近くの新住宅地は最寄駅と9分以内で結ぼれたが,奈良市内の一部には14分程度,その他ごく少数だけ20分以内の地域が残っている.<br> 3. 新住宅地の小地形的環境をみれば,丘陵北部は中・南部より起伏量・谷密度が大であり,海抜高度は低く,日陰斜面が卓越する.そのことが鉄道沿線にもかかわらず北部の開発を遅らせた一因であろう.中部の海抜高度は大であり,起伏量は小で,谷密度は中位,そして日向斜面に恵まれている.加えて大阪との近接性が強く,戦前から点的開発がみられた.南部は起伏量・谷密度が小で日向斜面も多い.しかし,大阪,京都,旧奈良市街地へは乗り換えを要し,また付近は近郊園芸農業地域であり,地価も高く,中部ほどの住宅地化をみなかった.<br> 4. 総じて,初期の開発前線は海抜高度が高く,起伏量・谷密度の小さい日向斜面に延びた.しかし,中期以後は海抜高度が低く,起伏量・谷密度の大きい日陰斜面にも波及した.奈良盆地の北西部丘陵における住宅地化は大資本と進歩した工法でなされたが,小地形的環境は造成の比較的容易な地域で始まり,次第に困難性の多い地域へと進んでいった.