著者
南都 奈緒子
出版者
史学研究会 (京都大学大学院文学研究科内)
雑誌
史林 (ISSN:03869369)
巻号頁・発行日
vol.90, no.6, pp.893-926, 2007-11

自治体史の序文には、住民を共同体の成員へと組み入れる意図がしばしば見受けられる。過去の共有により成立する「記憶の共同体」がここから立ち上げられているとすれば、自治体史は住民の共同性を支えるメディアなのだろうか。 山梨県の「恩賜林」は、小物成地から官有地、御料地、県有地へと、明治期に所有を転々とした林野である。本稿はこれに関する市町村史の歴史叙述を事例とし、ローカル・ヒストリーのもつ共同体構築志向の内実を検討した。二つの事例地域からは、「記憶の共同体」の設定にそれぞれの地域事情が反映されていることが明らかになった。全県の市町村史からは、実質的な「記憶の共同体」が市町村の領域よりも小さいもの、市町村の領域と一致するもの、全県にまで拡大されたものの三類型が得られ、本文中の歴史叙述に注目するとき、自治体史から立ち上げられる「記憶の共同体」は自治体の領域に必ずしも一致しないことが示された。