著者
原 遼平
出版者
一般社団法人 人文地理学会
雑誌
人文地理 (ISSN:00187216)
巻号頁・発行日
vol.74, no.1, pp.27-45, 2022 (Released:2022-04-19)
参考文献数
32

本稿では明治期地主の旅日記の記述から旅行者が見た瀬戸内海の風景を分析した。分析に際しては旅行実施以前の観光案内及び文人・知識人の記述との比較を行い,旅行者である A 氏による記述との共通点及び相違点を明らかにした。その結果,観光案内は概ね名所旧跡を中心に,人文景を紹介することで瀬戸内海の風景を記述していた。また,観光案内は風景の説明には伝説や歌枕を引用していた。一方で,知識人は瀬戸内海を欧米人から評価される風景として捉え,港湾設備や往来する船舶等の人文景,陸地の構成要素や生息する生物等の自然科学的な視点から名所旧跡を通さない,多島海たる瀬戸内海を評価しようとしていた。文人も多島海として捉える視点は有していたものの,人文景への着眼は少なかった。旅日記の筆者である A 氏は自然科学的な視点は持ち合わせてはいなかったが,名所旧跡を通さない多島海としての瀬戸内海を捉えるような記述も見られた。また,都市や港湾といった人文景観に着目し,沿岸部での土地利用等への言及も見られた。こういった人文景への着目は観光案内の記述と共通するものであり,A 氏の風景への着眼点は当時の観光案内の記述に大きく影響を受けていたと考えられる。