- 著者
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原田 竹雄
- 出版者
- 日本育種学会
- 雑誌
- 育種学研究 (ISSN:13447629)
- 巻号頁・発行日
- vol.16, no.4, pp.169-174, 2014
食べごろに熟れたリンゴ(Malus×domestica)をほお張る時,その特有の芳醇な香り,そして絶妙なバランスの甘味と酸味が私たちに至福をもたらすものである。「エデンの園」にリンゴがあったように,リンゴ栽培は紀元前から行われており,特に栽培が古くから本格化したヨーロッパでは様々な童話や逸話にも登場する。また,近年においてもニューヨーク市の愛称名やコンピューター会社の社名になっているほど,リンゴは世界中の人々に愛されてきた。リンゴは世界における果樹としてはバナナ(Musa)に次ぐ生産量を占め,実に多くの国で栽培されている。他殖・永年性作物であることから多くの品種が存在し,例えば果実に限っても,熟期,形態,果皮・果肉色など実に遺伝的多様性が大きい。果実日持ち性も品種によって収穫後の商品価値を保持できる期間が異なり,短いものは長期保蔵に不適であって収穫後すぐに出荷され,消費者に食される必要がある。一方,長いものは冷蔵やCA(controlled atmosphere)貯蔵などと組み合わせることで,出荷時期をさらに延長することも可能となる。リンゴは他の果実に比べ日持ち性が高い特徴があるものの,上述のとおり果実の日持ち性の良否は商品価値を大きく決定することから,リンゴにおけるポストハーベスト学の主課題として日持ち性の研究が世界中で進められ,品種間の違いの原因が追及されてきた。果樹の特徴である一世代の長い期間やその栽培管理労力の大きさが障壁となって,リンゴ果実特性の分子遺伝学的研究は容易には本格化できない点があった。しかし,果実ライプニングのモデル植物とされるトマト(Solanum lycoperisicum)からの知見とリンゴの全ゲノム解析情報(Velasco et al. 2010)から,リンゴの日持ち性の違いに関わる分子機構の理解が飛躍的に進行している。本総説はリンゴのライプニングに関するこれまで解明された最新の分子機構を紹介する。