著者
及川 弘崇
出版者
公益社団法人 日本薬学会
雑誌
ファルマシア (ISSN:00148601)
巻号頁・発行日
vol.53, no.3, pp.264, 2017 (Released:2017-03-01)
参考文献数
3

成人期に形成された記憶は長期保持されるが,幼児期に形成された記憶は簡単に失われる.この現象は,「幼児期健忘」と呼ばれ,人ではおおむね3歳以前の幼児期の記憶を喪失することが知られている.長年,幼児期健忘の機構は明らかではなかったが,2014年にAkersらは,神経新生の多い幼若期海馬歯状回において,神経新生による回路再編が神経回路に蓄えられた記憶の忘却を促進し,神経新生の少ない成人期には記憶の忘却が起こりにくいということを明らかにした.その一方で,忘却したはずの早期記憶が,後の人生の脳機能と生理に深く影響していることも実証されている.例えば,育児放棄や虐待を幼児期に経験すると,成人期でのストレス脆弱性が増加し,心的外傷後ストレス障害などの発症素因となる.しかしながら,早期記憶を忘却するにもかかわらず,早期の経験が成人の行動に影響を及ぼす機構は明らかではなかった.今回Travagliaらは,幼児期健忘期に体験学習したことが潜在的な記憶として保管されることと,それが脳の発達過程の臨界期(神経回路網の再編成が一過的に高まり,記憶・学習に効果的とされる生後の限られた時期)に起こる機構の刺激により惹起されることを報告したので紹介したい.なお,本稿は下記の文献に基づいて,その研究成果を紹介するものである.1) Akers K. G. et al., Science., 344, 598–602(2014).2) Travaglia A. et al., Nat. Neurosci., 19, 1225–1233(2016).3) Matta J. A. et al., Neuron., 70, 339–351(2011).