- 著者
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武藤 静香
古賀 寛唯
髙宗 智宏
中山 朋大
野瀬 雅美
平田 久乃
細木 悠孝
宮本 朋美
浅海 靖恵
- 出版者
- 公益社団法人 日本理学療法士協会
- 雑誌
- 理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
- 巻号頁・発行日
- pp.AdPF2008, 2011 (Released:2011-05-26)
【目的】利き手、非利き手が持つ、運動機構への影響力の差異についての多くの先行研究がある。なかでも学習転移効果に関しては、利き手から非利き手よりも、非利き手から利き手への方が大きいとする報告が多く、非利き手で練習した後の利き手の課題遂行がその逆順番による課題遂行より成績が良いとする従来からの我々の研究結果とも一致する。今回は、学習転移過程での脳環境の変化を捉える目的で、非利き手から利き手の順による課題遂行時の左・右脳血流量を、近赤外分光法(NIRS)を用いて測定したので、その結果を報告する。【対象と方法】対象は、右利き健常女子学生10名。方法は、20秒間のピンポン玉回転数とNIRSによる脳血流変化量を練習前後に測定する。回転数測定では、ピンポン球を2個把持し、左手は反時計回り、右手は時計回りに、初期学習による影響を除外する目的にて左右とも数回練習させ、回数がプラトーに達した状況下で最高回数を記録する。NIRS計測では、多チャンネルNIRS(日立メディコ、ECG-4000)を使用した。プローブは、脳波国際10/20法を参考にT3-C3-Cz-C4-T4を中央列とし,左プローブ白14をC3、右プローブ白24をC4とするよう設置した。課題条件として、リズム動作課題と最大動作課題を、利き手・非利き手の順に実施した。また、運動感覚領野を同定するために、事前にタッピング動作を行い、脳血流が平均値以上のチャンネルを関心領域(ROI)と設定した。5セット連続して得られた酸素化ヘモグロビンデータをチャンネルごとに加算平均し、ROIの平均値を左右ごとに算出し、被験者10人の平均値を代表値として検定した。統計処理は一元配置分散分析を用い、危険率5%未満を有意とした。【説明と同意】対象者に研究内容を書面にて説明し同意を得て実施した。【結果と考察】1)回転数は、練習後、左手だけでなく右手でも有意な増加が認められた(左手:P=0.0005、右手:P=0.02)。これは、左手の運動学習が右手のパフォーマンス向上に影響を与えたものであると考える。2)血流の練習前後の比較では、左手リズム動作時、左右脳ともに有意な減少(左脳:P=0.04,右脳P=0.02)が、右手リズム動作時、右脳において減少傾向が認められた。これは左手の運動学習により、複雑な動作が容易な動作に変化し、少ない血流で同等の動作が行えるようになったためと考える。さらに、単CHでみると、左手リズム動作時の右脳11,12,16CH(11CH:P=0.02, 12CH:P=0.03, 16CH:P=0.03)と右手リズム動作時の右脳12,21CH(12CH:P=0.05, 21CH:P=0.02)に有意な減少が認められ、これらは一次運動野として報告されているC3,C4の周囲のチャンネルに相当する。最大動作時では、左最大動作時、右脳において増加傾向を示した。これは練習によって運動学習が行われた結果、回数(仕事量)が増加し、左右脳ともに有意に脳血流量の増加がみられたと考える。3)血流の左右脳の比較では、練習前の左手リズム動作において、右脳に比べ左脳の脳血流が有意に少なく(P=0.004)、その傾向は練習後も認められた。それに対し、右手運動時、左脳・右脳の血流変化にほとんど差はなかった。先行研究では、複雑な運動では、同側の運動野、運動前野、感覚野の活動が、また運動学習中には、両側の一次運動野、背側運動前野、補足運動野、大脳基底核、小脳といった領域の活動が報告されており、私たちの結果でも、右リズムに関しては、左脳と右脳に同等の活動が見られた。しかし左手リズムにおいては、左脳の血流が有意に少なく、このことより、私たちは右手と左手では運動学習時のネットワークシステムに違いがあり、左手の複雑動作では同側半球の脳血流を抑制し、補足運動野、大脳基底核、小脳といったNIRSでは測定不能な部位を賦活させたのではないかと考える。単CHでみると前後比較と同様、一次運動野の周囲で有意差が認められた。【理学療法学研究としての意義】今回、非利き手の運動学習は、利き手の運動遂行に転移することが示唆された。学習転移という理論を生かし、非利き手の訓練を行うことで利き手の機能回復の促進につながる可能性があることは非常に興味深いことであり、今後のリハビリテーションにおいて検討していく必要があると考える。また、多チャンネルNIRSは、運動系の生理学的指標となりえ、リハビリテーションに応用可能であることが示唆された。今後、練習の頻度や期間、男女差、利き手が及ぼす影響など条件を変えてさらに検討していきたい。