著者
馬場 芳之 藤巻 裕蔵 吉井 亮一 小池 裕子
出版者
The Ornithological Society of Japan
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.50, no.2, pp.53-64,107, 2001-05-31 (Released:2007-09-28)
参考文献数
25
被引用文献数
21 21

ミトコンドリアDNAは母系遺伝で,組換えがおきないこと,および塩基置換頻度が高いことなどから,多型解析に適した遺伝子である.ミトコンドリアDNAの中でも特に塩基置換頻度が高いコントロール領域を用い,日本に生息するニホンライチョウに関して,個体群の遺伝的多型を調べた.生息地から採集した脱落羽毛を試料として用い,ライチョウ類に特異的なプライマーを作成し,2度のPCRを繰り返すことによって十分な量のDNAを増幅した.ニホンライチョウとエゾライチョウ各1サンプルに関してコントロール領域全領域の塩基配列を決定し,ニワトリ,ウズラの配列と比較したところ,ニホンライチョウとエゾライチョウのコントロール領域中央部,central domain,には CSB-1, F box, D box, C box 領域が認められ,両側の left domein と right domein に置換が多くみられた.コントロール領域left domainの441塩基対の配列を決定し,飛騨山脈の4地域から採集されたニホンライチョウ21サンプルは,すべてハプロタイプLM1であった.また赤石山脈で採集されたニホンライチョウ1サンプルからはハプロタイプLM2であった.同じ領域を分析した北海道のエゾライチョウ36サンプルでは21ヶ所の塩基置換が検出され,21個のハプロタイプに分別されたことに比べ,ニホンライチョウの遺伝的変異は非常に少ないことを示した.花粉分析によると,ニホンライチョウの主要な生息場所であるハイマツ帯がヒプシサーマル期の前半(6,000-9,000年前)にほとんど消失するほど縮小したことが示されている.このような生息環境の変遷がニホンライチョウ個体群にボトルネックを引き起こし,遺伝的変異が非常に低くなったと考えられる.