著者
馬場 芳之 藤巻 裕蔵 小池 裕子
出版者
日本鳥学会
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.48, no.1, pp.47-60, 1999
被引用文献数
3

日本産エゾライチョウの遺伝的多様性と系統関係を調べるためにミドコンドリアDNAコントロール領域レフトドメイン428bpの塩基配列を決定した.塩基配列の決定に用いた試料は北海道産126試料,ヨーロッパ-ボヘミア産2試料,ロシア-マガダン産11試料の計139試料であった.塩基配列の比較の結果32ヵ所の塩基置換部位が検出され47個のハプロタイプに分別された.<br>エゾライチョウの47のハプロタイプにミヤマライチョウをアウターグループとして加え,近隣接合法による系統樹を作成したところ,種内の差異の検定値が低く,エゾライチョウが全体に連続した大きなクラスターを形成していることが示された.さらに実際の塩基置換部位を介してつなぐネットワーク分析を行ったところ,北海道内のハプロタイプはそのほとんどが1塩基置換で他のハプロタイプとつながっており,ハプロタイプのつながりがよく保存され,最終氷期中から安定した個体群を維持していることが示された.<br>系統樹から推測されるエゾライチョウの分岐時期は,約4万年前と推測され,北海道のエゾライチョウは系統樹で示され,系統が地域間で重複して分布していた.北海道内のエゾライチョウの地域間での遺伝的交流を調べるために,北海道を12地域に分画してそのハプロタイプの共有率を計算したところ,日高山脈と阿寒から知床半島にある1,000m以上の山地が続いている地域がエゾライチョウの移動を妨げていることが示唆された.また12地域のうち試料数が10以上の地域のハプロタイプ多様度を計算したところその全てが0.8以上の高い値を示し,遺伝的多様性が高かった.しかし近年人間活動の広がりとともに生息地の分断や減少が続いており,今後個体群の遺伝的な多様性を保持できるような個体群管理が求められる.
著者
馬場 芳之 藤巻 裕蔵 吉井 亮一 小池 裕子
出版者
The Ornithological Society of Japan
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.50, no.2, pp.53-64,107, 2001-05-31 (Released:2007-09-28)
参考文献数
25
被引用文献数
21 21

ミトコンドリアDNAは母系遺伝で,組換えがおきないこと,および塩基置換頻度が高いことなどから,多型解析に適した遺伝子である.ミトコンドリアDNAの中でも特に塩基置換頻度が高いコントロール領域を用い,日本に生息するニホンライチョウに関して,個体群の遺伝的多型を調べた.生息地から採集した脱落羽毛を試料として用い,ライチョウ類に特異的なプライマーを作成し,2度のPCRを繰り返すことによって十分な量のDNAを増幅した.ニホンライチョウとエゾライチョウ各1サンプルに関してコントロール領域全領域の塩基配列を決定し,ニワトリ,ウズラの配列と比較したところ,ニホンライチョウとエゾライチョウのコントロール領域中央部,central domain,には CSB-1, F box, D box, C box 領域が認められ,両側の left domein と right domein に置換が多くみられた.コントロール領域left domainの441塩基対の配列を決定し,飛騨山脈の4地域から採集されたニホンライチョウ21サンプルは,すべてハプロタイプLM1であった.また赤石山脈で採集されたニホンライチョウ1サンプルからはハプロタイプLM2であった.同じ領域を分析した北海道のエゾライチョウ36サンプルでは21ヶ所の塩基置換が検出され,21個のハプロタイプに分別されたことに比べ,ニホンライチョウの遺伝的変異は非常に少ないことを示した.花粉分析によると,ニホンライチョウの主要な生息場所であるハイマツ帯がヒプシサーマル期の前半(6,000-9,000年前)にほとんど消失するほど縮小したことが示されている.このような生息環境の変遷がニホンライチョウ個体群にボトルネックを引き起こし,遺伝的変異が非常に低くなったと考えられる.