著者
吉村 あき子
出版者
奈良女子大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1998

本研究では、自然言語の肯定極性文脈と否定極性文脈がどのような関係にあり、母語話者がそれらをどのように認知・認識しているかに関して、そのメカニズムの解明を試みた。本研究の出発点はvan der Wouden(1997)である。彼は、オランダ語の否定文脈は、弱い方からmonotone decreasing(MD),antiadditive(AA),antimorphic(AM)というブール特性で定義できる3つの階層をなしており、これは他の言語にも適用できると主張する。この分析の他の言語へ適用可能性を検証することによって引き出された結果は、次のようにまとめられる。(a)英語母語話者は、否定文脈の認識に関して、上記3特性ではなく、本研究で定義した二重否定(DN)特性に敏感に反応する。(b)英語の否定極性項目(NPI)は、最も弱いMD否定文脈にまで現れるNPIが多く弱いNPIの方に大きく片寄っている。(c)日本語母語話者は、否定文脈の認識に関して、AM特性とDN特性に敏感に反応する。(d)日本語のNPIは、最も強いAM否定文脈にのみ現れるNPIとDN特性が成立する否定文脈に現れるNPIまでが観察され、それより弱い否定環境には観察されないという意味で強いNPIに大きく片寄っている。(e)日本語には、オランダと語同じく、肯定極性項目と否定極性項目の両方の特性を併せ持つ両極項目、即ち、monotone increasingの肯定文と最も強いAM否定文脈には現れないが、その中間に位置するMD文脈とAA文脈にのみ現れる「一滴でも」のような両極項目、が存在する。このように、極性とは、否定と肯定を両極としてその中間値を許す段階的に移行するスケールであり、何を否定環境と認識するかという外枠は共通だとしても、その中の強さの違いを認識する仕方は、どの言語の話者であるかによって異なっていることが、本研究によって明らかになった。
著者
吉村 あき子
出版者
奈良女子大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2002

「メタ言語否定」は、命題の真理条件的内容を否定する「記述否定」とは異なり、先行発話の持つ様々な要因(前提、慣習含意や会話の含意、形態、スタイル、発音など)に基づいて、その先行発話に異議を唱えるものであり、否定は語用論的に多義的であるとHorn(1985,1989,2000^2)は主張する。本研究はメタ言語否定の全体像を明らかにすることを目標に、メタ言語否定の否定対象に対する統一的規定、メタ言語否定の現象から明らかになる自然言語の否定辞の意味、さらに、個別言語としての日本語におけるメタ言語否定の特徴を明らかにした。メタ言語否定の否定対象は、上記のように非常に多様である。しかしメタ言語否定という現象が自然類をなすのであれば、その対象に対して統一的規定が可能であるはずだという考えに基づき、発話の認知処理プロセスという視点から、メタ言語否定の否定対象は、エコーの元になるものによって必然的にあるいは一般的に伴われるが伝達されないもの、と規定できることを示した。自然言語の否定辞のコード化された意味について、Horn(1985,1989,2000^2)はグライスの精神とメタ言語否定/記述否定という現実に存在する使用の区別(語用論的多義性)の間のジレンマに苦しみ、Carston(1996,1998a, b,2002)の、否定辞の意味はメタ言語否定を含むどのような否定辞の例も真理関数演算子であるという主張も、本来の定義に沿うと矛盾を生じる。メタ言語否定の現象の詳細な観察分析から、自然言語の否定辞は、論理学において定義される真理関数演算子を超えた非常にgeneralな「異議を唱える」機能を持つものであると分析しなければ解決しないことを示した。さらに、日本語のメタ言語否定を観察することによって、日本語には「の」を伴う「〜のではない」のような、述語を含むレベルの帰属的な(帰属元を持つ)メタ表示の否定であることをマークする表現形式があること、このことによって通常の否定形式が用いられた場合に伴われるニュアンス/効果が説明できることを示した。
著者
吉村 あき子
出版者
奈良女子大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2007

様々なレベルの類似性に基づくメタファー発話の解釈プロセスには、ソースをプロトタイプとし、ターゲットをその要素に含むように最小労力で抽象化された上位スキーマの構築が関わっていること、ストーリーレベルのメタファー発話は、制約を課せられた帰納的推論によって導出される推意を伝達することを明らかにし、演繹規則による2種の推意のみを主張する、現時点で最も有望視される発話解釈理論「関連性理論」を修正発展させた。