著者
吉江 貴文
出版者
日本文化人類学会
雑誌
民族學研究 (ISSN:24240508)
巻号頁・発行日
vol.68, no.1, pp.23-43, 2003-06-30 (Released:2018-03-22)

本稿は、20世紀前半のボリビアで起こったカシーケ法廷代理人運動を事例として、文書という人工物が先住民社会の在来的土地制度に介入することでどのような波及効果がもたらされるのかを検討し、世界システムの拡張によって生じる中核と周辺の関係を人間と土地と文書の相互作用として捉えなおすものである。近代以降に起こった世界システムの拡張プロセスにおいて、土地にまつわる複数の文書記録が一定の社会内に循環することを制度的に確立させる過程の成立とそれに伴う文書使用の増大・普及は、周辺社会の在来的制度を中核へ接合する媒介として重要な役割を果たしてきた。元来土地所有の正当性を身体的経験に培われた知識や記憶への高い信頼に求めてきたアイマラ系先住民社会も、19世紀末以降に実施された農地改革と近代司法領域への包摂を契機として文書循環のプロセスに巻き込まれていく。それに対し、植民地時代の文書記録に出自を辿るカシーケ法廷代理人運動は、先住民社会の在来的土他制度を基礎付ける規範が、文書使用の増大・普及という支配的潮流に一方向的に飲み込まれることなく、近代司法領域において生き延びる可能性を一貫して模索しつづけた運動であった。本稿では、そうしたカシーケ法廷代理人運動の展開を検討することにより、地域に固有の文脈のなかで文書循環が成立していくプロセスの多様なあり方を明らかにした。