- 著者
-
吉田 典子
- 出版者
- 神戸大学
- 雑誌
- 基盤研究(C)
- 巻号頁・発行日
- 1999
本研究は19世紀後半のフランスの自然主義小説、とりわけエミール・ゾラの作品の分析を通じて、近代の資本主義社会の形成と、そこにおける階級やジェンダーの問題を検討するものである。『ルーゴン=マッカール叢書』第8巻の『愛の一ページ』は、その前後に位置する『居酒屋』および『ナナ』と一種の3部作を構成する。『居酒屋』は性的規範の曖昧な労働者階級の世界を描くのに対し、『愛の一ページ』は家庭に閉じこめられた貞淑なブルジョワ階級の女性を描く。そして『ナナ』では、階級とジェが交錯し、金銭に基づく性的交換がおこなわれるモダニティの空間(グリゼルダ・ポロック)が舞台となる。ゾラはこれら3つの領域をパリの都市空間の中に位置づけるとともに、それぞれの領域における女性のセクシュアリティの様相と、遺伝に基づく精神疾患の様々な発現を探求している。一方『ボヌール・デ・ダム百貨店』はモダニティの最前線というべきデパートを舞台にした小説である。ここでも階級要素は混交し、客であるブルジョワ女性と女店員として働く労働者階級の対立があるが、ゾラによれば日々贅沢に接している女店員は、労働者とブルジョワの中間に位置する曖昧な階級を形成する。彼女たちの多くは低賃金であったため、愛人を持たざるを得なかったり、売春をおこなうものもいたが、それに拍車をかけたのは、陳列される商品と売り子の関係の曖昧性である。交換価値が使用価値に取って代わる消費社会においては、あらゆるものが商品となる。そうした状況下で、誘惑に抵抗し、忍耐強く賢明な「女性性」によって経営者のムーレを征服するヒロインのドゥニーズは、資本主義社会における理想の女性像として提示されており、そこにある種の人間味と倫理性を付与する役割を果たしていると思われる。本研究の特色は、これらゾラの小説におけるさまざまな女性のモチーフを、同時代の印象派画家たち-マネ、モネ、ルノワール、ベルト・モリゾなど-との共通性において提示したことである。