著者
吉田 典子
出版者
神戸大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1994

本研究は、エミール・ゾラの《ル-ゴン=マッカール叢書》において、19世紀後半のフランスにおける産業や科学技術、ならびに都市の発達と、そこに新しく生じた文化や人間の心性との関係が、どのように表象されているかを、次の3つの面から検討したものである。1.オスマンの都市改造に関しては、まず『獲物の分け前』において、この事業がどのように巧みに小説化されているかを示し、とりわけプランス=ウ-ジェーヌ大通りの解体工事視察の場面で、都市の「解剖」が、「下方にある真理」をめざす近代の諸科学の隠喩になっていることを示した。また改造後のパリを特徴づける鉄とガラスの建築物の原型ともいうべき「温室」が、展示の空間、欲望の空間として「近代」を具現していることを明らかにした。2.デパートの発展とモード産業の興隆に関して、まずゾラのボヌ-ル・デ・ダム百貨店とオスマンのパリ改造の関係を調査し、ゾラのデパートがめざした新街路「12月10日通り」は、株式取引場とオペラ座を結ぶ通りで、デパートがまさに「投機スペキュラシオン」と「演劇スペクタクル」の結合として提示されていることを示した。またショウ-ウインドウに象徴されるデパートのガラス空間における誘惑の美学についても考察した。また『獲物の分け前』の女主人公ルネの衣裳の分析を通して、第二帝政期のモードと社会、モードと文化の関係を検討した。3.産業化社会とジェンダーの問題に関して、ゾラはム-レの経営するデパートを産業化社会を象徴する一個の巨大で怪物的な「機械装置」として構想している。それは「男性」によって発明された「女性」誘惑の装置である。デパートをめぐる女性たちを、女性客(消費者)、女性従業員(労働者)、経営者の妻(主婦)の3つのカテゴリーにわけ、女性と消費資本主義社会の関係を考察した。
著者
吉田 典子
出版者
神戸大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2004

本研究の目的は、ゾラの小説および美術批評と、同時代の絵画の動向との相関関係を調査・分析することによって、小説家と画家たちが共有した関心はいかなるものであったかを、近代都市パリの歴史的・社会的・文化的な文脈の中で検討することである。本研究の成果は、次の3点にまとめられる。1.アカデミズム絵画とその表層の美学について、『獲物の分け前』における第二帝政期のパリ・モードと女性の身体の問題の視点から考察した。虚飾に満ちた第2帝政期を批判する内容を持つこの小説は、絵画との関連から見て、なめらかな表層と物語主題を追い求めるアカデミズム絵画に対する批判と解釈できる。2.第3共和政成立期の都市パリと新しい絵画の関係について、『パリの胃袋』と都市風景画の問題を、二つの観点から分析した。ひとつは、パリ・コミューンによって多くの建物が廃墟と化した都市パリの再構築と産業化の問題である。鉄とガラスの近代建築の賛美、光を浴びた鮮やかな色彩による都市の装飾は、モネや印象派の絵画と共通する。もう一つは「共和主義」と絵画の問題であり、ゾラの小説と、モネおよびマネによる都市風景画の関連を指摘した。3.商品経済の発達と絵画の関連について、とりわけ近代絵画における物質主義や、商品と女性へ注がれるまなざしの問題を、二つの観点から考察した。ひとつは、『パリの胃袋』における食料品の描写と静物画の問題である。ゾラにおける中央市場の食品の描写とマネの描く静物画には、物質主義的側面が顕著であると同時に、それらの食材や花には商品性が刻印されている。もうひとつは近代商業の象徴としてのショーウインドーの問題である。商店や売り子を扱ったゾラの小説や同時代の絵画には、女性の身体の断片化や商品化が頻繁に見られるが、彼らはまた、近代の商業社会において、自分たちの芸術もまた商品であるという意識をもっていたことが指摘できる。
著者
吉田 典子
出版者
神戸大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2009

従来のゾラ研究では、ゾラとボードレールの関係が問題にされることはほとんどなかった。それに対して本研究では、自然主義の理論家としてのゾラは反ボードレールの立場を表明しているが、実際は、マネ擁護をはじめボードレールと少なからぬ共通項を持つことを明らかにした。また一般にゾラは、70 年代後半にマネや印象派の画家たちから離反していくと言われているが、本研究では、ゾラとマネの共闘関係は 80 年代初めまで続いており、ゾラの小説とマネの絵画のあいだには多くの相関関係が見られることを示した。
著者
吉田 典子
出版者
神戸大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1999

本研究は19世紀後半のフランスの自然主義小説、とりわけエミール・ゾラの作品の分析を通じて、近代の資本主義社会の形成と、そこにおける階級やジェンダーの問題を検討するものである。『ルーゴン=マッカール叢書』第8巻の『愛の一ページ』は、その前後に位置する『居酒屋』および『ナナ』と一種の3部作を構成する。『居酒屋』は性的規範の曖昧な労働者階級の世界を描くのに対し、『愛の一ページ』は家庭に閉じこめられた貞淑なブルジョワ階級の女性を描く。そして『ナナ』では、階級とジェが交錯し、金銭に基づく性的交換がおこなわれるモダニティの空間(グリゼルダ・ポロック)が舞台となる。ゾラはこれら3つの領域をパリの都市空間の中に位置づけるとともに、それぞれの領域における女性のセクシュアリティの様相と、遺伝に基づく精神疾患の様々な発現を探求している。一方『ボヌール・デ・ダム百貨店』はモダニティの最前線というべきデパートを舞台にした小説である。ここでも階級要素は混交し、客であるブルジョワ女性と女店員として働く労働者階級の対立があるが、ゾラによれば日々贅沢に接している女店員は、労働者とブルジョワの中間に位置する曖昧な階級を形成する。彼女たちの多くは低賃金であったため、愛人を持たざるを得なかったり、売春をおこなうものもいたが、それに拍車をかけたのは、陳列される商品と売り子の関係の曖昧性である。交換価値が使用価値に取って代わる消費社会においては、あらゆるものが商品となる。そうした状況下で、誘惑に抵抗し、忍耐強く賢明な「女性性」によって経営者のムーレを征服するヒロインのドゥニーズは、資本主義社会における理想の女性像として提示されており、そこにある種の人間味と倫理性を付与する役割を果たしていると思われる。本研究の特色は、これらゾラの小説におけるさまざまな女性のモチーフを、同時代の印象派画家たち-マネ、モネ、ルノワール、ベルト・モリゾなど-との共通性において提示したことである。