著者
野尻湖哺乳類グループ 高桑 祐司 間島 信男 加藤 禎夫 近藤 洋一 杉田 正男 鈴木 俊之 関谷 友彦 名取 和香子
出版者
地学団体研究会
雑誌
地球科學 (ISSN:03666611)
巻号頁・発行日
vol.64, no.6, pp.219-233, 2010-11-25
被引用文献数
1

ヘラジカ Alces alcesは,ユーラシア大陸や北アメリカ大陸の冷温帯や寒帯において,主に高緯度針葉樹林に生息する,現生シカ類中最大の種類である.日本から報告されているMIS3末期からMIS2にかけての化石は,現生と化石を通じてもこのシカの分布の南限である.2008年,長野県北東部の野尻湖西岸に分布する上部更新統の野尻湖層立が鼻砂部層T3ユニット(44,000y.B.P.;MIS3)から,野尻湖層からは初となるヘラジカ化石が産出した.この標本(17N III F18-2)は左下顎骨の一部で,ほぼ完全なM3を伴う.さらにその近傍で採集されていた16N III F18-36(ほぼ完全な左下顎のM2)と10N III E17-88(左下顎骨の一部)が,17N III F18-2に接合した.野尻湖層の脊椎動物化石群は,ナウマンゾウとヤベオオツノジカが圧倒的に優勢であるが,より冷涼な気候を好む"マンモス動物群"の一要素とされるヘラジカがそれに加わることは,野尻湖地域の環境変遷を考察する上で重要である.このヘラジカは日本最古の化石記録で,MIS3以前の本州にヘラジカが生息したことを示す.そして後期更新世の古気候や海洋地形等から推測すると,ヘラジカが日本列島へ侵入したのはMIS4の寒冷期であった可能性が高い.