著者
名和 清隆
出版者
淑徳大学短期大学部
雑誌
淑徳短期大学研究紀要 (ISSN:02886758)
巻号頁・発行日
vol.53, pp.137-152, 2014-02-25

1985年に生じた日航機事故の現場である「御巣鷹の尾根」のある群馬県上野村において、事故の記憶がどのように継承されているか、事故被害者という「他人の死」をどのように捉え意味付けているのかについて考察する。主に上野小学校、上野中学校の教員に対する聞取り調査、上野中学校生徒に対してのアンケート調査をもとに、学校教育のなかでどのように伝えられているか、子どもたちは事故をどのように受け止めているのかを明らかにしていく。上野村出身の中学生の多くは、家庭において事故に関する話を聞いた経験を持つ。しかし、家族と一緒に御巣鷹の尾根への慰霊登山や慰霊の園への参拝の経験を持つ生徒は少なく、慰霊登山、慰霊の園への参拝などを通じた「体験」での理解は、主に小学校、中学校での教育の一環として行われてきた。実際に何らかの形で事故を体験した家族や親戚から家庭内において話を聞く「家庭内での継承」と、行事として「体験」することにより昔の出来事をリアルなものとして感じる「学校での継承」は相互補完的に行われている状況であるといえる。また、事故から約30年が経過した現在、伝える側も受け取る側も事故被害者という「他人の死」の意味が、「直接体験した他人の死」から「直接体験していない他人の死」とへと変化しており、死者への生々しい感情よりもむしろ、事故や死者を介した「教訓」という側面が強調されて「他人の死」が伝えられ、また受け入れられていると言えよう。