著者
唐 雪
出版者
北海道大学文学研究科
雑誌
北海道大学大学院文学研究科研究論集 (ISSN:13470132)
巻号頁・発行日
no.15, pp.123-134, 2015

太宰治の「古典風」は一九三七年一〇月から一二月にかけて執筆された未発表の旧稿「貴族風」を書き直した短編小説である。一九四〇年六月の『知性』第三巻第六号の創作欄に掲載されたのち、単行本『女の決闘』(一九四〇・六、河出書房)に収められた。第一創作集『晩年』(一九三六・六、砂子屋書房)、後続の『虚構の彷徨』(一九三七・六、新潮社)、『二十世紀旗手』(版画荘文庫4、一九三七・七、版画荘)に収録されたテクスト群は、いずれも独特な手法を取り入れた異色作である。しかし、その後、諸般の事情のため、発表作品は少なく、作家としての活動は停滞していたかのように見える。ほぼ二年の沈黙を破ったのは、一九三九年五月に竹村書房から刊行された書下ろし短編小説集『愛と美について』によってである。その沈黙の間に書かれた「古典風」は正面から取り上げて論じられたことがほとんどなく、先行研究も極めて少ない。均整の取れた文学の反措定としての小説を生涯にわたって生産し続けた太宰は「古典風」で何を実践しようとしたのか。本稿は「貴族風」を視野に入れ、テクストに見られる象徴性の問題などを念頭に置きつつ、あらためて「古典風」の構造上の特徴を考察する。同時に、前期のテクスト群との比較を通して、「古典風」の再評価および太宰文学における位置づけも試みたい。