著者
山田 隆治 福満 智代 黒木 祐輝 園田 睦
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2013, 2014

【はじめに,目的】中枢神経障害である脳卒中患者では自覚的視性垂直位(subjective visual vertical)が真の重力方向から偏位していることが多く,臨床的バランス指標の低下やプッシャー症状といったバランス障害との関連が指摘されている。脳卒中患者の立位姿勢は姿勢の動揺や,より非麻痺側下肢に体重が乗った非対称な荷重に特徴づけられる。この不安定な立位姿勢に影響するものとして運動麻痺,体性感覚障害,非対称な筋緊張,空間認知の変化などがいわれている。臨床において視覚のフィードバックを利用した立位姿勢や歩行の獲得,矯正を行う際に姿勢鏡をよく用いるが,垂直指標の条件を変えることで脳卒中片麻痺患者の自覚的姿勢垂直位と下肢荷重量がどのような関係にあるか検討することを目的とした。【方法】対象は発症から6カ月以上経過している慢性脳卒中外来患者12名(男:女=7:5),年齢68.4±8.3歳,身長160.5±11.9 cm,体重62.9±13.4 kg,疾患は脳梗塞9名,脳出血3名,左麻痺8名,右麻痺4名,罹病期間62.0±50.1カ月,下肢のBr. StageはIII:5名,IV:1名,V:1名,VI:5名,表在・深部感覚障害は軽度鈍麻3名,重度鈍麻3名,短下肢装具使用は6名であった。なお,骨折等の既往により運動機能障害を有する者,および半側空間無視などの高次脳機能障害を有する者は除外した。測定は外部刺激の影響を考慮し個室を利用し行った。測定条件は壁,壁に垂直線を引いたもの(以下:壁line),姿勢鏡,姿勢鏡に垂直線を引いたもの(以下:姿勢鏡line)の計4条件とした。壁の条件は部屋を横断的に白い布を貼り視覚に垂直線が入らないよう設定した。姿勢鏡を利用した条件では視覚的垂直指標を可能な限り削除するために,姿勢鏡(高さ192cm,鏡面150×90cm)の枠に曲線のフレームを取り付け,その上から白い布を貼り鏡面を8の字にくり抜き垂直となるものが視覚に入らないよう配慮し作成した。姿勢鏡に映る被験者の後方にはバックスクリーンを貼り垂直なものが映りこまないよう配慮した。また垂直の指標とならないよう上着前面にファスナー,ボタンを有するものを着用の場合はプルオーバーのジャージを重ね実験を行った。下肢荷重量の計測には足圧分布計(PDM-S,zebris Medical社)を使用し,各条件における静止立位を30秒間計測した。壁から足圧分布計までの距離は110cmとし,姿勢鏡からの距離はバックスクリーン以外の物が映らないよう各被験者の視野に合わせ微調整した。静止立位は裸足で装具や杖などを使用せず実施した。学習効果の影響を避けるために測定はランダムに実施し各条件1回とした。立位姿勢は上肢を下垂し,足部を肩幅に開き目線の高さを直視し姿勢保持するよう指示した。得られた下肢荷重量30秒間の平均値から,麻痺側下肢荷重率を求め,左右対称の指標となる50%に対する乖離率を算出し比較を行った。統計処理には統計ソフトR version2.8.1を使用し,反復測定の一元配置分散分析を用いて有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮,説明と同意】本研究は対象患者に主旨および測定方法を説明し同意が得られた上で実施した。【結果】各患者データから麻痺側下肢荷重率50%に対する乖離率を求め,各条件における平均値は壁15.0±8.4%,壁line12.9±10.1%,姿勢鏡11.42±9.2%,姿勢鏡line7.3±5.8%であった。得られた結果から反復測定の一元配置分散分析において有意差(P=0.0408)を認めたが多重比較においては各条件間に有意差は認められなかった。【考察】今回の研究において,各患者の麻痺側下肢荷重率50%に対する乖離率を求め,各条件における平均値は姿勢鏡line,姿勢鏡,壁line,壁の順に低かった。これらの結果から今回の対象患者では姿勢鏡の垂直指標を無くした条件でも視覚フィードバックによる姿勢調整が行え,さらに垂直線を入れることにより下肢荷重量の左右差を減少させる傾向を示すことがわかった。脳卒中後の非対称な下肢荷重に関連する因子として運動麻痺,感覚障害,痙縮,発症後期間,半側空間無視などが関係しているといわれている。本研究では関連因子との分析は行っていないが,今回は自覚的姿勢垂直位がどの程度下肢荷重量に影響を及ぼしているかについて研究を行い視覚フィードバックに必要な要素が増えることで,より垂直認知が高まることがわかった。脳卒中における下肢荷重量の違いは,立ち上がりや歩行等の動作獲得に影響を及ぼすと考え,姿勢鏡を用いて垂直認知を高めた運動学習が効果的になると思われた。【理学療法学研究としての意義】脳卒中患者において姿勢鏡や垂直指標などの視覚フィードバックを用いることで下肢荷重量を左右対称に近づける傾向があり,これらを用いた運動学習が効果的であると考える。
著者
高橋 里美 園田 睦 山田 隆治 福満 智代 丸目 弥生
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.42 Suppl. No.2 (第50回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.1500, 2015 (Released:2015-04-30)

【はじめに,目的】パーキンソン病(以下PD)の非運動症状は,認知機能障害・精神症状(抑うつ・幻覚)・アパシー・自律神経障害等があり理学療法の実施やQOLの妨げとなっている。PDでは黒質-線条体ドパミン系と病期の進行と共に中脳-皮質-辺縁系ドパミン系の2つのドパミン系に変性が起こる。後者の投射系は前頭葉腹内側部,扁桃体,帯状回等に投射されている事から前頭前野の機能異常が起こり,認知機能や報酬,意思決定等に影響を及ぼすと考えられている。近年,運動療法で認知機能や抑うつの改善が報告されているが,PD患者の非運動症状に対する運動療法については報告が少ない。今回の研究は,PD患者の非運動症状の中で,特に認知機能,抑うつ,アパシーに着目し運動療法での変化を検討する事を目的とした。【方法】対象はPD患者11名(男性3名,女性8名,71.6±9.2歳,Hoehn-Yahr分類のStageII8名,III2名,IV1名)とした。(罹患期間は5年未満6名,9~11年4名,26年目1名であった。)評価は,認知機能にはMini Mental State Examination(以下MMSE),抑うつには自己評価式抑うつ性尺度(以下SDS),アパシーにはやる気スコアを使用し,運動療法介入の開始時及び4週後で行った。運動療法はストレッチ・筋力増強運動・バランス運動・歩行運動・有酸素運動とした。運動療法の介入時間は,外来患者は週3回20~40分,入院患者は週5~6回約60分実施した。有酸素運動はエルゴメーターまたは自由歩行を約20分実施した。統計処理はWilcoxon符号付順位和検定を使用し,運動療法介入前後での比較を行い,有意水準は5%未満とした。【結果】MMSEでは開始時24±3.7点,4W時25.5±2.8点であり有意な差は認められなかった(p=0.06)。SDSでは開始時45.9±6.5点,4W時39.7±8.6点であり有意に小さい値となった(p<0.01)。また,やる気スコアでは開始時14.1±7.1点,4W時9.8±7.0点であり有意に小さい値となった(p<0.01)。【考察】今回の結果でMMSEでは有意な差は認められないものの運動療法介入によって認知機能の改善があることが示唆された。先行研究では運動療法においてドパミン細胞が存在する黒質でのグリア由来神経栄養因子(以下GDNF)生成細胞の発生を誘導する事が示されている。また運動療法において脳由来神経栄養因子(以下BDNF)やGDNFなどの神経細胞の成長に必要な神経栄養因子が増加する事や,海馬萎縮の抑制・容量の増加が報告されている事から,認知機能の改善にはこれらの神経栄養因子が関与している事が示唆される。また,SDSにおいては有意に小さい値となり,うつ症状の改善を認めた。抑うつにおいては,前頭前野において報酬系の役割もある事から,この報酬系処理が運動によるドパミンの放出促進に働き,また,うつ病患者への有酸素運動はセロトニン代謝の賦活によるうつ症状の改善の報告から,運動療法介入により,うつ症状の改善に繋がったと考えられる。運動療法によりGDNF,BDNFの増加で栄養サポートメカニズムを通してドパミンシステムの可塑性の促進に繋がり,ドパミン系へ影響を及ぼしPD患者の認知機能・抑うつが改善したと考えられた。やる気スコアでは運動療法介入後に有意に小さい値となり,アパシーの改善を認めた。PD患者におけるアパシーは,ドパミン等の神経伝達の異常や前頭葉-基底核ネットワークでの障害で起こるとされており,これらにもドパミン系への影響により改善したと思われる。運動療法を施行することで認知機能,抑うつ,アパシーが改善し,理学療法への関心や意欲の向上をもたらすことで,理学療法介入が円滑に実施可能となった。【理学療法学研究としての意義】PD患者における運動症状に注目しがちであるが,理学療法を施行するうえで非運動症状による阻害因子の影響は大きい。そしてPD患者の非運動症状に対して薬物療法による治療エビデンスが殆どであり,本研究の結果から運動療法介入による非運動症状の改善が期待され,理学療法の発展に寄与するものと考える。