- 著者
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坪本 裕之
- 出版者
- 経済地理学会
- 雑誌
- 経済地理学年報 (ISSN:00045683)
- 巻号頁・発行日
- vol.53, no.5, pp.461-477, 2007-12-30
- 被引用文献数
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本研究は,1990年代以降の,大規模再開発が進められている東京中心部におけるオフィス業務の変化と企業再構築,そしてそれらが反映されると考えられる新しいオフィス形態の導入が,都心とそれを含む大都市圏空間にもたらす影響について考察した.事例として,バブル経済崩壊後に急成長を遂げた経営コンサルティング企業に代表される知識基盤産業のオフィス構築活動を検討し,新しいオフィスの形態とそれを支える要素について考察した.米国に親会社をもつ旧会計事務所系経営コンサルティング企業では,1990年代前半に企業再構築の柱として,情報共有を目的とした情報化の推進とチーム制の導入,能力主義的業績評価をはじめとする人的資源管理(Human Resource management)の刷新が行われ,それに伴って,コンサルタントの執務するスペースにフリーアドレスが導入され改良されていった.フリーアドレスでは,コンサルタントはあらかじめ決められた席を持たず,必要があるごとに自由に席を決める.この新たなオフィスの形態を導入した結果,コンサルタントの大量採用が進む一方で,従業員一人当たりが占有する床面積とそれにかかるコストは大幅に縮小され,利用目的の再考と効率的なオフィススペースの活用が試みられた.さらにモバイルオフィスの導入によってコンサルタントの業務はフットルースとなり,フリーアドレスはオフィスから都市空間に拡張された.そして,オフィスとその外部の都市空間はワークプレイス(workplace)として統一的に扱われるようになりつつある.1990年代初頭にサテライトオフィスを開設した企業では,経営コンサルティング企業と同様に情報技術の利用と人的資源管理の刷新を行った結果,郊外に設けられた施設型分散オフィスの利用価値が低下している.一方,その核として位置づけられる中心部のオフィスは,チームプロジェクトの結節点としての機能が強化されつつ,顧客との関係強化においては,ワークプレイスそれ自身が含まれる不可視的な商品を具現化するショールームとしての機能が重視され,顧客企業本社からの近接性が高く,2000年代に入って再開発が進行しオフィス床の供給が増加した中央業務地区(CBD)での立地が強化されている.こうした動向は,オフィスがその内部における情報流やオフィス組織,そしてそれらを有機的に結びつけようとする企業活動が反映された土地利用形態であることを示している.事例として挙げた,情報へのアクセスの均質性が実現されたフリーアドレスと,それが外部に拡張してできるワークプレイスは,業務の遂行とサービスの付加価値の向上に必要とされる協同作業,言い換えればチーム構成員の相互補完を前提とした業務空間である.しかし,この補完性はオフィス形態を支えてきた潜在的な本質であり,ワークプレイスが構築されるに伴って表出したに過ぎない.既往の都市内部レベルのオフィス研究においては,対面接触の情報通信手段による代替性が基本的な概念として強調され,それが不可能な情報交換の手段として対面接触が位置づけられて都心の集積が評価されたが,今後の都市内部および大都市圏レベルのオフィス研究においては,オフィス業務の持つ補完性の考慮がより重要となろう.都市内部の業務地域を,機能的空間として考察してきた都市地理学の有用性は,この点の考慮にあるといっても過言ではない.