著者
對東 俊介 堂面 彩加 高橋 真 関川 清一 稲水 惇
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.37 Suppl. No.2 (第45回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.A3O2017, 2010 (Released:2010-05-25)

【目的】運動は健康維持に重要な役割を果たしており,疾病予防や治療手段として有用である.しかしその一方で,高強度有酸素性運動負荷にて血中の酸化ストレスが増加することが報告されており,運動には負の側面も存在する.この酸化ストレスは,活性酸素の産生とその活性酸素を還元する抗酸化物質の量のバランスによって決定される.もし抗酸化物質による防御能が活性酸素の産生増加に適応できなかった場合,そのバランスが崩れ,活性酸素が高まった状態となり,この活性酸素は種々の疾患の病因と関連があると報告されている.運動という言葉は一般的に有酸素性運動を指すことが多いが,無酸素性運動もあり,スポーツや日常生活活動においては有酸素性運動と無酸素性運動の2つの側面を組み合わせた身体活動が行われている.先行研究では無酸素性運動後の酸化ストレスについて報告しているものは少なく,不明な点が多い.そこで本研究では,30秒間の無酸素性運動であるWingate Anaerobic Testを実施し,その前後で活性酸素の指標として血漿中ヒドロペルオキシド濃度を,抗酸化物質の指標として血漿中抗酸化力の変化を検討し,無酸素性運動負荷後に生体における酸化還元反応の全体像を明らかにすることを目的とした.【方法】健常若年者11名(年齢: 21.4±1.7歳,身長: 171.6±7.4歳,体重: 58.8±5.7kg)を対象とした.無酸素性運動負荷として,無酸素パワー測定用自転車エルゴメータ(POWERMAX-VII; Combi)を使用し,Wingate Anaerobic Testを実施した.対象者は体重の7.5%の負荷にて30秒間の全力ペダリング運動を行い,無酸素性運動能力の指標であるパワーとピーク回転数を測定した.対象者は,十分な安静の後に運動負荷前,運動負荷直後,運動負荷15分後に指尖より採血を行い,血中乳酸測定器(Lactate Pro; Arkray)にて血中乳酸濃度を測定した.また,フリーラジカル評価装置(Free Radical Elective Evaluator; Diacron)を使用して,derivatives of reactive oxygen metabolites テストにより血漿中ヒドロペルオキシド濃度を,biological anti-oxidant potential テストにより血漿中抗酸化力を測定した. 【説明と同意】測定の趣旨・方法について口頭および書面にて説明を行い同意を得た.本研究は広島大学大学院保健学研究科心身機能生活制御科学講座研究倫理委員会(承認番号:0906)の承諾を得て実施した.【結果】対象者の最大パワーは480.7±55.9 wattであり,最大回転数は139.0±13.5 rpmであった.また,安静時および運動負荷直後の血中乳酸濃度は,それぞれ2.0±1.3 mmol/L,14.6±2.3 mmol/Lであった.血漿中ヒドロペルオキシド濃度は運動負荷前後で有意な変化を認め(P = 0.024),運動負荷前と比べ運動負荷直後(P = 0.005)と運動負荷15分後に有意に増加した(P = 0.034).一方血漿中抗酸化力も運動負荷前後で有意な変化を認め(P < 0.001),運動負荷前と比べ運動負荷直後(P < 0.001)と運動負荷15分後に有意に増加した(P < 0.001).血漿中ヒドロペルオキシド濃度と血漿中抗酸化力の関連を検討した結果,いずれの測定時間においても有意な相関を認めなかった.【考察】本研究の結果から30秒の無酸素性運動負荷は運動直後の血漿中ヒドロペルオキシド濃度を増加させ,その増加は運動終了15分後も継続していることが明らかとなった.これは無酸素性運動負荷による血中乳酸濃度の上昇が一因となり,活性酸素の産生増加に影響したと考えられた.また,抗酸化力も同様に運動負荷直後に増加し,15分後も運動負荷前と比べ有意に高値を示した.これは,無酸素性運動負荷によって上昇した血漿中ヒドロペルオキシド濃度の増加に対応するため,抗酸化物質が増加した結果であると考えられた.一方,いずれの測定時間においても血漿中ヒドロペルオキシド濃度と抗酸化力に有意な相関関係を認めなかったことから,それぞれの指標の変化には運動負荷前の酸化ストレスの個体間差が影響している可能性が考えられた.【理学療法学研究としての意義】本研究により30秒間の無酸素性運動負荷は,活性酸素の産生と抗酸化物質を増加させることが明らかとなった.またその関係は運動負荷15分後も変化しないことが明らかとなった.この結果は運動負荷による酸化ストレスの変化の一端を明らかにし,酸化ストレスを増加させない運動療法を考案する一助となる研究である.