著者
増山 慎二 北野 晃祐 野下 純世 小野 順子
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Db0574, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 糖尿病網膜症(以下,DR)の発症予防,進展抑制には長期間にわたる厳格な血糖コントロールが有効であり,運動療法が治療上きわめて重要な位置を占めている.しかし,DR患者は運動療法によって眼底出血が起こるリスクを有するため,現状として運動療法の処方に消極的な場合が多い.当院は,糖尿病チームに眼科医が在籍している.当院の理学療法士は,眼科医と連携し,糖尿病教育入院中のDR患者に運動療法を実施している.本研究の目的は,DR患者であっても眼科医と連携しリスク管理を十分に行うことで,眼底出血なく運動療法を実施できることを後方視的調査により明らかにことである.【方法】 対象は2009年1月から2011年9月の間に,医師より運動処方された糖尿病教育入院患者159名中,2型糖尿病でDRの診断を受けた患者44名(64.2±8.4歳)とした.なお,眼底出血以外で視力低下した3名(白内障術後,視神経炎,黄斑浮腫),教育入院終了後の経過が追えなかった5名を除外した.対象のDR病期は福田分類を用いて,単純型15名,増殖停止型17名,増殖前型7名,増殖型5名に分類した.視力と眼底所見,HbA1cは入院時と退院後初回の検査結果をカルテより抽出し比較した.統計学的分析は統計ソフトDr.SPSS II for Windowsにてwilcoxonの符号付き順位検定を用い,いずれも有意水準は5%未満とした.運動項目はカルテに記載された運動療法内容から,有酸素運動,筋力トレーニング,ストレッチのいずれかに分類し,DR病期別に実施した割合を算出した.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は,後方視的な調査である.調査時に継続して当院を受診している対象者に対しては口頭で研究概要を説明し同意を得た.調査は当院倫理委員会の承認を受けて実施した.ヘルシンキ宣言を遵守し,個人が特定されることがないよう注意した.また,研究への同意を撤回する権利を有することを説明した.【結果】 眼底所見が増悪したDR患者はいなかった.視力とHbA1cは入院時に比べ,退院後初回に有意な改善がみられた(p<0.001).運動療法は,ウォーキング,エルゴメーター,トレッドミルを有酸素運動に,レジスタンストレーニング,自重トレーニングを筋力トレーニングに振り分けた.運動を実施した割合は有酸素運動,筋力トレーニング,ストレッチの順に,単純型で75%,75%,100%,増殖停止型で88.2%,52.9%,100%,増殖前型で100%,28.5%,100%,増殖型では100%,0%,100%実施されていた.いずれの病期においてもバルサルバ型運動は行っていなかった.【考察】 当院で眼科医と連携し実施した運動療法は,退院後初回に視力低下および眼底所見の増悪が確認されず,DRを進展させることなく実施できたと考えられる.視力に改善がみられたのは,眼科治療をしていたためであり,運動療法実施が眼科治療の阻害になっていないと推測される.HbA1cの改善は,運動療法単独の効果ではなく,教育入院による包括的な治療によるものと考えた.運動項目は全病期に亘り,有酸素運動とストレッチがほぼ全患者に実施されていた.増殖前型と増殖型において筋力トレーニングの実施割合が低い.この時期は,血圧上昇により眼底出血する可能性があるため,筋力トレーニングの実施割合が低かったことが視力低下を起こさなかった要因と考える.単純型や増殖停止型においても,筋力トレーニングはバルサルバ型運動で行っておらず,低~中等度の持続運動を実施していた.DR患者に対する運動療法は,眼科医と連携しDR病期を把握することで筋力トレー二ングの手段を設定することがリスク管理に重要と考える.【理学療法学研究としての意義】 DR患者に対する運動療法は,眼科医と連携し,病期に応じた適切なプログラムを実施することで,視力低下や眼底所見の増悪なく実施できることが示唆された.