著者
大塩 量平
出版者
社会経済史学会
雑誌
社會經濟史學 (ISSN:00380113)
巻号頁・発行日
vol.77, no.4, pp.589-608, 2012-02-25

欧州の多くの宮廷都市での,主に貴族を対象とする中世以来のパトロネージ指向の宮廷劇場は,初期近代以降,不特定多数の需要者を対象とする市場指向の公共劇場へと変容を遂げてきた。ウィーンの場合,18世紀後半以降にそうした変化が進展し,同時に民間の商業的劇場の開設も始まった。本稿は当地の劇場活動の経済的構造の変容を,社会経済・文化的背景とも関連させつつ明らかにするものであり,特にヨーゼフ2世期の宮廷劇場,主に国民劇場(Nationaltheater)を対象とした需給分析から考察する。分析の結果,制度面から見ると劇場活動はテレジア期には変化し始めたものの,実態面での変化はようやくヨーゼフ2世による劇場改革によって生じたことが明らかとなった。そしてその改革により,宮廷劇場では多くの需要層への対応を目指す効率的経営が行われ始め,またそれと類似する民間の劇場活動も急速に拡大し,こうした供給増が,当時のウィーンの経済成長などとも相まって,あらゆる社会階層からの劇場活動に対する需要を開拓した結果,18世紀末に「劇場市場」と呼びうる状況が現出したといえるであろう。