著者
大岡 恒雄 金澤 浩 島 俊也 白川 泰山
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2010, pp.AdPF1015, 2011

【目的】<BR> 当院では2009年11月よりロボットスーツHAL福祉用(Hybrid Assistive Limb,以下 HAL)を導入し,これまでに延べ約60名の患者を対象に実施してきた.HALは,下肢に筋力低下や麻痺などの障害を持つ対象者に対して脚力や歩行を補助するツールとして現在約40の医療機関や施設等で使用されている.しかし,その方法や効果についての報告は少なく,疾患別の症例報告もほとんどみられない.今回,当院にてHALを使用した脳卒中片麻痺患者について筋電図学的分析を中心に検討したので報告する.<BR><BR>【方法】<BR> 症例は70代男性,身長168.0cm体重78.0kgであった.平成13年頃より数回脳梗塞を繰り返し,平成18年にさらに脳梗塞を発症し右片麻痺となった.以降,近医にてリハビリテーションを実施し,平成22年2月より当院にてHALを用いた歩行練習が開始となった.Brunnstrom stageは上肢VI,手指VI,下肢VIであり,歩行能力は四点支持歩行器を使用し自立レベル,階段昇降は不能であった.Demandは「立ち座りがスムースになれば」,「ユンボに乗りたい」であった.これまでのHALの実施回数は1ヶ月に1または2回の合計12回であった.当初はHAL装着下での膝関節及び股関節の屈伸練習,立ち上がり練習,歩行練習を実施した.HAL実施3回目より階段昇降練習を追加した. HALに対する感想は,介入時は「重たい」,「歩きにくい」が,HAL実施3回目より「脚があがるようになった」,「階段が昇れるようになった」とHALに対する肯定的なコメントが聞かれ,HAL実施10回目以降は「ユンボに乗れた」というコメントが聞かれた. <BR> HAL実施12回目において,HAL装着の有無が歩行に与える影響を調査する目的で表面筋電図(Tele MyoG2 EM-602,Noraxon)を使用した.導出筋は,両側の大腿直筋,内側広筋,半腱様筋,大殿筋,腓腹筋内側頭,前脛骨筋の12筋とし,筋電図解析ソフトウェア(Myoresearch XP, Noraxon)を用いて解析を行った.測定は,HAL装着前(以下,装着前),HAL装着時(以下,装着時),HAL装着後(以下,装着後)の歩行中の筋活動を測定した.解析に用いた歩行は10m歩行区間の中間時の安定した1歩行周期を解析し,得られたデータより各筋の平均振幅を算出し,合計3回の平均値を各筋の平均振幅とした.同時に歩行動作を三次元動作解析システム(ICpro-2DdA,ヒューテック株式会社)を使用し歩幅の解析を行った.毎回のHAL実施前後には,10m歩行テスト,各動作のVTR撮影を実施した. また,毎回のHAL実施前後にHALの使用感を聴取した.<BR> <BR>【説明と同意】<BR> 対象には事前に本研究の趣旨と測定内容に関する説明を十分に行い,紙面で同意を得た.また,医療法人エム・エム会マッターホルンリハビリテーション病院倫理委員会の承認を得て行った(MRH1002).<BR><BR>【結果】<BR> 各筋の平均振幅のうち,右側の内側広筋の立脚期は装着前は34.4±5.67μV,装着時は55.5±0.6μV,装着後は41.2±7.77μVであった.右側の内側広筋の遊脚期は装着前は14.7±6.43μV,装着時は19.8±2.48μV,装着後は19.4±0.99μVであった.左側の内側広筋の立脚期は装着前は20.4±2.23μV,装着時は46.4±3.55μV,装着後は28.1±2.75μVであった.左側の内側広筋の遊脚期は装着前は11.9±4.07μV,装着時は31.8±8.17μV,装着後は51.2±10.9μVであった.右側の大殿筋の立脚期は装着前は19.4±4.38μV,装着時は35.5±3.46μV,装着後は28.2±7.00μVであった.その他の筋については装着による変化を認めなかった.また,右側の歩幅は装着前が28.9cm,装着時は35.6cm,装着後は32.1cmであった.HAL介入前(以下,介入前)とHAL実施12回目(以下,介入後)の測定結果を比較した.10m歩行テストは,介入前は独歩にて21.5秒28歩であったが,介入後は16.1秒21歩と歩行時間の短縮がみられた.<BR><BR>【考察】<BR> 筋電図の結果から,HAL装着によって両側の立脚期及び遊脚期の内側広筋や右側の大殿筋の筋活動が増大していた.これは,麻痺側下肢の立脚期における支持性や遊脚期の際の振り出しをHALのアシスト機能によってもたらしたと考えられる. また,HAL装着による右下肢の振り出しの増大が右側の歩幅を増大させたと考えられる.10m歩行テストの結果からもHAL実施後,顕著な歩行能力の改善を認めた.発症後約9年が経過している本症例の歩行機能はプラトーに達していたと考えられた.しかし,HALの介入により,歩行能力や階段昇降能力に改善がみられたことから,心理面にも良い効果をもたらしHALの長期継続が可能となっていると考えられる.<BR><BR>【理学療法学研究としての意義】<BR> 本症例の結果から脳卒中片麻痺患者に対してHALの実施には効果が期待され,理学療法の新たな発展に寄与するものではないかと考えられる.今後は脳卒中片麻痺患者のさらなるデータの収集を行い,その効果や適応について検討していきたい.<BR><BR>