著者
大嶋 一泰
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.3, no.1, pp.16-21, 1993-07-20 (Released:2017-04-27)

医療の領域で、医師は救助義務、診療義務、説明義務、秘密保持義務、屈出義務などさまざまな法的・倫理的義務を負っているので、しばしばその具体的な特別の状況上いずれか一つの義務に違反することなしには、他の義務を履行しえないという義務の衝突に直面する。義務の衝突の場合には、義務を比較考量して、より高い価値の義務を履行すべきであるが、同価値の義務の衝突では、場合を分けて考察しなければならない。同価値の作為義務と作為義務の衝突および同価値の不作為義務と不作為義務の衝突の場合には、どちらか一つの作為義務あるいは不作為義務を履行すれば足りる。しかし、同価値の作為義務と不作為義務の衝突の場合には、不作為義務を履行しなければならない。例えば、救命の作為義務と殺害禁止の不作為義務とが、同時に同一人に課せられ衝突するときは、殺害禁止に従い、不作為に留まらねばならない。他人の生命を犠牲にして救命をなすべき義務はないと言わねばならない。義務衝突の下でなされた行為の評価には、義務の比較考量だけでなく、さらに義務の履行方法の評価をも必要とする。治療目的を達成するための医的侵襲が正当化されるためには、まず第一に医的侵襲につき説明し、患者の承諾を得ることが必要であり、第二に侵襲が治療目的を達成するための必要性・相当性・補充性を備えることが必要である。
著者
大嶋 一泰
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.25-30, 1997-09-08

患者が予期に反して虚脱に陥り、心肺機能を停止した場合には、医師は原則として直ちに蘇生術を施し、患者の救命をはかるべきである。しかし、救命が成功しない場合や、一旦救命が成功しても直ぐに虚脱に陥り、心肺機能の停止を繰り返して死の転帰を取る場合もある。これらの場合には、心肺蘇生術の実施は医学的に無益であると考えられるばかりでなく、患者に耐え難い負担をかけ有害であるとさえ言える。そこで、事前にこれまでの経緯や患者の症状などから、患者がやがて虚脱に陥り、心肺機能を停止するであろうと予測され、しかもその際には蘇生術の実施は無益であり、これを差控えるべきであると考えられる場合には、医師は例外的に蘇生術を差控えるべきであるとの決定を下し、これをDNR(Do Not Resuscitate)オーダーとしてカルテに記載し、患者のケアにあたる看護婦その他の医療スタッフにもそのことを周知徹底させて置くことが望ましい。しかし、蘇生術を実施することの医学的無益性の判断やそれに基づくDNRオーダーの発行の決定は、医学的な専門知識と判断を要する医師の専権的な裁量事項に属するし、DNRオーダーの発行につき、医師が患者やその家族に説明し、その理解と同意を得るにはかなりの慎重な配慮や時間を要するので、医師は父権主義的に患者やその家族への説明と同意を要しないと考えたり、救命が成功しても患者に意味のある生存を与え得ない場合には、蘇生術の実施は無益であると一方的に決定してしまう傾向がある。しかし、患者やその家族は、蘇生術の実施により多少なりとも延命が可能であるならば、相続その他の関係も絡んで、蘇生術の実施を希望する場合があるので、医師は患者との紛争を避けるためにも、患者やその家族に説明をし、その理解と同意を得て、心肺機能停止の際の対処の仕方を決定することが望ましい。しかし、患者がやがて心肺機能の停止に至ると予測されるが、その際には蘇生術を実施しても患者に負担をかけるだけで無益であると考えられるので、蘇生術の実施を差控えたいと、患者やその家族に説明し、その理解や同意を得ることは決して容易ではない場合があるであろう。そこで、心肺蘇生術の実施やDNRオーダー発行についての医師の権限やガイドラインを定めて、患者とのトラブルを生じないようにする必要があると思う。その際、アメリカのニューヨーク州を初めとして制定されたDNR法の諸規定やその施行に伴って生じた諸問題を検討し、参考とすることが有益であると思う。