著者
木村 英紀 牛田 俊 大石 泰章 津村 幸治
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2002

この研究の目的は、脳の運動制御から生まれたモデル駆動型適応制御とよばれる新しい適応制御の方式を制御論的に定式化し、制御系設計論として確立することである。さらに、モデル駆動型適応制御の適応制御の発展上における位置づけとそれがもつ性質を理論実証両面から明らかにすることにより、適応制御および脳の運動制御の双方の分野に対して、「複雑系」を扱うための方法論としての新たな発展をもたらすことを目指している。主に次の3つのテーマを中心に研究を行った。(1)モデル駆動型適応制御の制御論的な定式化、および運動制御との関連(2)複雑系の同定手法の確立とその構造解析、および学習との関連(3)種々の複雑非線形系に対する制御論的アプローチ(1)については小脳のモデルとして提案された「フィードバック誤差学習法」を2自由度制御系として定式化し、その構造の解析および系の収束性の証明を行った。さらに、これらの結果はフィードバックループ内にむだ時間が含まれる場合へと拡張され、高い制御性能を達成することが示され、複雑なシステムに対する制御系設計のアーキテクチュアとして、適応制御に新しい領域を切り開きつつある。(2)においては、より広い意味での複雑系に対する同定手法の確立を目指している。システムの「複雑度」の扱いを制御系設計において重要となる種々の問題として捉え、構造の解析やモデリング手法の確立において一定の成果を得た。個々の問題は、複雑系を扱う上での難しさの本質に迫る興味深いアプローチを含んでいる。(3)は、制御対象として種々の複雑系への広がりをみせた結果であり、多彩な成果を得た。具体的には、モデル駆動型適応制御を用いた非線形ロボットアームや燃料電池自動車の改質システムの制御をはじめとして、生理学・生物学への制御論的アプローチ、量子システムの制御、ネットワークシステムの制御まで多岐にわたっている。特に、「制御生物学」「量子制御」に関しては、従来の制御理論では扱ってこなかった新しい分野への道を切り開くきっかけを与える結果であり、大きな成果の一つである。2年間の研究の進展を通じて、大規模かつ非線形性の強い複雑系を扱う場合にも「制御論的なアプローチ」が有効であることが改めて明らかになった。たとえば、人の運動制御、制御生物学を扱う際には、システムのダイナミクスの同定・構造や特性の解析・制御器設計といった従来得られている知見を土台として、理論がされており、制御論として対象を捉える考え方が重要な役割を果たしている。今後の課題としては、本研究成果で提起された種々の複雑系に対して個々の制御問題を定式化し、それらを扱うより使いやすい制御理論的な道具立てを整備することが挙げられる。