著者
森 茂美 太田 善博
出版者
The Japanese Society of Physical Fitness and Sports Medicine
雑誌
体力科学 (ISSN:0039906X)
巻号頁・発行日
vol.34, no.Supplement, pp.61-69, 1985-12-01 (Released:2010-09-30)
参考文献数
25

ネコの脳幹内には, 既に2つの歩行中枢が同定されている.その1つは視床下核歩行誘発野 (SLR) であり, もう1つは中脳歩行誘発野 (MLR) である.解剖学的に, SLRおよびMLRはそれぞれ外側視床下部および楔状核に相当する.SLRは歩行運動の“発動的”側面を制御していると考えられる.一方, MLRは四肢間協調のような“自動運動的”側面を制御していると考えられる.上丘前縁と乳頭体後縁を結ぶ面で脳幹を切断した除脳ネコ (precollicular-postmammillaly decerebrate cat) において, MLRに連続微小刺激を加えると, 流れベルト上で歩行運動が誘発される.これら2つの歩行中枢に加えて, 最近, 姿勢筋の筋緊張 (postural muscle tone) を“セット”したり“リセット”したりする橋中心部の神経機構が同定されている.正中線上の橋中心被蓋野背側部および腹側部に連続微小刺激を加えると, 同一標本においてpostural muscle toneは, それぞれ長時間抑制および増強した.MLRと背側部を同時刺激すると, MLRの刺激で誘発された歩行のパターンは協調のとれた四足歩行から後肢のステッピングへと変化し, さらにステッピングから歩行運動の完全な抑制へと変化した.その際, postural muscle toneはかなり減弱していた.それと対照的に, MLRと腹側部を同時刺激すると, 歩行パターンは完全な抑制から後肢のステッピングへ, ステッピングから歩行へ, さらに歩行からギャロップへと変化した.その際, 姿勢筋の筋緊張レベルは段階的に増大していた.腹側部により強い単独刺激を加えると, 伸筋の筋緊張の著明な増強を伴なった痙性歩行運動が誘発された.中枢無傷ネコが自発歩行をしている際に橋中心被蓋野の背側部に刺激を加えると, 一連の姿勢変化が誘発された.刺激の開始から数秒後, ネコは歩行を停止し, そのままの状態で直立姿勢を維持した.この刺激を持続するとネコは坐り込み, 次に床の上に腹這いになった.刺激停止後も数分間にわたりネコはその最終姿勢を維持し続けた.橋中心被蓋野の腹側部に刺激を加えると, ほとんど正反対の一連の姿勢変化が誘発された.刺激の開始から数秒後, ネコは腹這いの姿勢からお坐りの姿勢をとり, さらにこの刺激を持続すると歩きはじめた.刺激によってネコは常に覚醒反応 (aler-ted) を示し, また歩行の開始に先行してその頭部を挙上し, 周辺を見まわして相対的位置関係を測るような反応 (oriented) を示した.これらの成績はすべて“歩行”制御系および“姿勢”制御系が脳幹および脊髄内において共通の神経機構を共有していることを示唆する.本諭文においては姿勢および歩行運動の“発動的”および“自動運動的”制御面との関連において, これら橋中心被蓋野のもつ機能を考察した.この内容は特定研究 (1) 「発育期の体力に関する基礎的研究」代表, 小野三嗣教授の研究集会に際して発表した研究成果の要旨をまとめたものである (課題番号: 57123109.58124037, 59127034, 分担課題: 姿勢保持能力と脳幹神経機構) .