著者
奥山 好男
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.39, no.5, pp.289-310, 1966
被引用文献数
2

関東平野を囲繞する山地帯の外縁および内縁-関東地方の周辺(外帯)および周縁(内帯)-には,機業地帯がつらなっている.ここは,日本における,いわゆる先染絹織物の主要な生産地帯である.とともに,ここは,林業もしくは畜産業を主業とする山村地帯である.この山村地帯に機業地帯がいち早く成立したことは,単なる偶然とは考えられない.<br> 近世幕藩体制下にあって, 近世領主的土地所有の対象とはならなかった存在としての林野.その林野を基盤として,近世以降ひきつづき存続しつづけた生産関係.そして,労働対象の土地からの解放.労働力の土地からの解放-自由な賃労働者の成立.これが,農奴制工業としての工場制手工業の存在,それの資本制工業として工場制手工業-本来の意味での工場制手工業-への発展の前提である.ここでは,これまでの経済史学の一般常識に反して,工場制手工業の原基型態が農奴制工業であると考えられるのである.<br> この農奴制経営の実存型態,ならびに,それの資本制経営への発展過程.この小論は,甲州郡内領の「延宝越訴状」を主題として,いくつかの史料を織りまぜつつ,これについての議論を展開する.林野の存在が工業と無縁でないこと,機業地帯と山村地帯が偶然の相関にあるのではないことも明らかとなるであろう.