著者
奥村 和美
出版者
人間環境大学
雑誌
(ISSN:1348124X)
巻号頁・発行日
vol.1, pp.27-33, 2003-03-20

『萬葉集』の漢字表現に初学書である『千字文』がどのような意識のもとに利用されているのか、『千字文』の出典としてのありかたを考察する。まず、アメツチを「玄黄」(巻13-3288番歌)と記すことについては、一般的な訓詁の知識によるものであって『平字文』を特に典拠としたとは言えないことを明らかにする。次に、月のミチカケを「盈呉」(巻7-1270香歌、巻19-4160番歌)と記すことについては、『千字文』を出典とし、李暹注に典拠として示される『周易』の文脈を十分に理解した上で、その典拠を短く圧縮したところの一種の佳句のように利用したと捉える。また次に、吉田宜の書翰中の「年矢」(巻五)という表現については、『千字文』を出典とするのみならずその李暹注を通して『論語』をも踏まえると考える。このように注をあわせてみれば、『千字文』は、引用すべき原典の要約版のように使われていると言えるのであって、それは類書の利用に近い側面をもつ。つまり、『萬葉集』において『千字文』は佳字佳句から成る類書的性格の書物として利用されていたと言うことができる。