著者
安田 亘宏
出版者
コンテンツツーリズム学会
雑誌
コンテンツツーリズム学会論文集 (ISSN:24352241)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.1, 2017

先日、「新選組のふるさと」と呼ばれる、東京都の多摩地域南部の日野市に久し振りに訪れてみた。江戸から日野までは十里(約40㎞)、「日野宿」はかつて甲州街道の宿場町として繁栄していた。新選組の副長として活躍した土方歳三や井上源三郎の出身地であり、近藤勇、沖田総司らが剣術の腕を磨いた天然理心流佐藤道場があった地である。新選組ゆかりの史跡、施設は多く、「新選組のふるさと歴史館」、都内で唯一残る江戸時代に建てられた本陣建物である「日野宿本陣」や「土方歳三資料館」「井上源三郎資料館」、土方歳三の墓所「石田寺」、歳三の菩提寺「高幡不動尊」などがある。ふるさと歴史館のガイドの方に聞いたところ、日野への来訪者の多くなったのは2004年に放送されたNHK大河ドラマ『新選組!』からであること、最近は若い人が多く訪れるようになった、それはアニメやゲームの影響らしいこと、昨年あたりより外国人が増えてきた、英語でのガイドが必要なので勉強会を始めている、とのことであった。「土方歳三資料館」は第1・第3日曜日のみの開館で、筆者もその開館日に訪れた。それぞれの史跡、施設には年配者から若いカップル、グループ、外国人まで多くの観光客で賑わっていた。この賑わいは、歴史文化を訪ねる一般的な観光現象であるとも言えるが、そこにはコンテンツが影響しているようである。特に、歴史上の人物と言うよりも、様々なコンテンツでスターとして登場する土方歳三が生まれ育った「聖地」でもあるようだ。 それでは、日野を訪れる動機を創ったコンテンツは一体どんなものなのだろう。小説では、司馬遼太郎の『新選組血風録』、『燃えよ剣』、池波正太郎の『幕末新撰組』、浅田次郎の『壬生義士伝』等々、おそらく新選組をテーマにした小説は100以上あるだろう。映画もまた多い。片岡千恵蔵主演の『新選組』(1958年)から『幕末純情伝』(1991年)、ビートたけし主演の『御法度』(1999年)等々、時代のスターが新選組を演じている。テレビドラマも強烈である。『風雲新選組・近藤勇』(1961年)以降毎年のようにドラマ化されている。NHK大河ドラマ『新選組!』(2004年)は話題を呼んだ。舞台でも新選組は題材になっている。マンガも、近年の『アサギロ 〜浅葱狼〜』(2009年)など数多い。アニメも、『薄桜鬼』(2010年)、『幕末Rock』(2014年)などがある。ゲームも、ウォーシミュレーションゲーム『新撰組』(1980年代)から始まり、『薄桜鬼』など多数有る。それぞれのコンテンツが各世代に大きな影響を与えているようだ。しかも、ひとつの作品ではなく複合的に接触して来訪の動機が醸成されているとも考えられる。この日野で起こっている観光現象は「マルチ・コンテンツツーリズム」と呼んでもいいかもしれない。日本にはこのようなデスティネーションが他にもありそうである。
著者
安田 亘宏
出版者
コンテンツツーリズム学会
雑誌
コンテンツツーリズム学会論文集 (ISSN:24352241)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.1, 2015

巻頭言「ブームで終わらせないコンテンツツーリズム研究」安田亘宏コンテンツツーリズム学会副会長・西武文理大学サービス経営学部教授本学会は2011年に従来の学術目的の学会とは一線を画し、研究、調査、考察はもとより事業化も視野に入れて議論する場、情報交換の場を目指し発足し、5年目を迎える。まだまだ学術的な実績も新たな地域ツーリズムの創出、地域の文化創造と言う想いも十分に達成していないが、会員は100名を超えた。研究者、大学院生、大学生だけではなく、自治体やコンテンツ産業、旅行業、宿泊業、メディア等で実践に係わる方々、様々なコンテンツを愛好する人など予想通り幅広い会員を得られたことが今最大の成果だと感じている。『学会論文集』もVol.2を発刊することになった。その間、研究発表大会やフィールドワークも実践し、学会メンバーによる『コンテンツツーリズム入門』も上梓した。着実に議論の輪が広がり、多様な学問領域、実践の場からの研究が進み始めてきたように思っている。コンテンツツーリズムとは、小説・映画・テレビドラマ・マンガ・アニメ・ゲーム・音楽・絵画などの作品に興味を抱いて、その作品に登場する舞台、作者ゆかりの地域を訪れる観光現象のことで、コンテンツを通じて醸成された地域固有の「物語性」を観光資源として利活用する観光のことである。本学会の研究発表の中でも「物語性」を創り出すコンテンツは前述のものだけではなく、各地で活躍するアイドルやキャラクター、歴史上の人物・事件、妖怪までもが研究対象となり、その広がりが実に興味深い。もう一度、コンテンツツーリズムの定義を議論する時期が来ているのかもしれない。コンテンツツーリズムはツーリズムである以上、人々が自らの意思で楽しむ観光であり、多くの旅行者の体験を促進すること、そしてその経済的効果や社会的効果、文化的効果を地域が享受し地域が活性化することが研究の原点にある。また、地域の文化創造、コンテンツ産業創出の視点も不可欠な要素である。アニメやマンガの「聖地巡礼」が世間から注目される一方、一過性のブームで終焉を迎えてしまった地域も決して少なくない。コンテンツツーリズムはサスティナブルツーリズム(持続可能な観光)の一角に位置しなくては意味がない。コンテンツツーリズム研究もブームで終わらせてはならない。加速するインバウンドの中での日本固有のコンテンツ、海外での同様な観光現象、そもそもコンテンツには国境はない。そんな視座も必要である。多様な人々による様々な領域からのユニークな研究の成果を期待したい。