著者
宮下 振一 貝瀬 利一
出版者
[日本食品衛生学会]
雑誌
食品衛生学雑誌 (ISSN:00156426)
巻号頁・発行日
vol.51, no.3, pp.71-91, 2010
被引用文献数
6

ヒ素の毒性が高いことはこれまでに起こったさまざまな殺人事件や事故を通じて周知の事実となっている。すでに古代ギリシアやローマではヒ素が殺人や自殺に用いられていたと言われており、またわが国でも森永ヒ素ミルク中毒事件や和歌山毒物カレー事件などのヒ素中毒事件を経験している。その一方で、われわれが呼吸や飲食物の摂取を通じて日常的にヒ素を体内に取り込んでいることはあまり知られていない。実はわれわれは空気中に存在する超微量のヒ素や、飲食物中に種々の濃度で含まれるヒ素を無意識のうちに取り込み、これらを代謝および排泄しながら生活している。また通常の環境下で摂取されるヒ素の多くは、呼吸器や皮膚からの吸収よりもむしろ飲食物の摂取に由来することが知られている。そのため体重70kgの成人の体内には常に約7mgのヒ素が普遍的に存在すると言われている。本報では、日本人における主要なヒ素摂取源である海産物、特に他の国民と比べて多食していると考えられる海藻および魚介類に焦点を当て、含有されるヒ素の化学形態や生体への影響、ならびに生体内における代謝に関して最近の知見を交えて紹介してみたい。なお、本報では触れないヒ素の化学形態別分析法については多くの総説にまとめられているので参考にされたい。またこれまでに報告された海洋環境におけるヒ素の化学形態および動態についてはいくつかの総説にも詳しくまとめられているので参照されたい。