著者
宮下 規久朗
出版者
公益財団法人 日本学術協力財団
雑誌
学術の動向 (ISSN:13423363)
巻号頁・発行日
vol.26, no.12, pp.12_58-12_62, 2021-12-01 (Released:2022-04-22)
参考文献数
8

コロナ禍の現在、かつてのパンデミックに際して美術がどのように反応し、機能してきたかを振り返る機会となった。西洋では14世紀にペストが人口の三分の一を奪い、中世文化の繁栄を終わらせた。疫病の守護聖人や「慈悲の聖母」への信仰がさかんになったほか、ミースの古典的研究によれば、このときイタリアでは禁欲的な宗教美術が隆盛して大きな様式的変化が見られた。17世紀にもイタリアで大きなペストの流行があり、美術の様式変化こそ促さなかったものの、イタリア各地の美術に大きな痕跡を残した。ヴェネツィアではロンゲーナのバロック建築、ローマではプッサンの歴史画、ナポリではプレーティによる城門の聖母壁画が生まれた。聖母は中世以来、疫病から保護してくれる存在としてつねに信仰を集め、バロック時代にもますますさかんに表現された。パンデミックに際して、美術はこうした信仰を具現化したものとして求められ、大きな役割を果たしたのである。
著者
宮下 規久朗
出版者
神戸大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2009

本研究は、カトリック改革が西洋美術に及ぼした影響を解明するため、16 世紀後半から 17 世紀初頭にいたるローマを中心とするイタリアにおける教会と美術との関係に注目し、作品をめぐる権力と受容の問題を通して、カトリック改革が、マニエリスムとバロックとの過渡期であるこの時代の美術にどのように具体的に作用したのかを探るものである。
著者
宮下 規久朗
出版者
神戸大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2002

本研究は、1600年前後に初期キリスト教文化がいかに再評価されたかをあきらかにし、それが聖堂装飾をはじめとする当時のローマの美術活動に主題上・様式上いかに反映されたか、そしてそれが聖年における教皇庁や宗教団体の教義や政策、プロパガンダとどう関係したかを考察し、主要な画家の動向を追いながら、新たなバロック美術の誕生を促したメカニズムを総合的に解明しようとするものである。こうした調査によって、後期マニエリスムから初期バロックにいたる、イタリア美術史上もっともダイナミックな転換点の美術に、従来と異なる角度から光を当てることができ、また筆者が継続して行ってきたカラヴァッジョ研究にも、裏付けと深みを与えることができた。平成14年度は主として教皇庁における反宗教改革期の美術政策について研究を行った。反宗教改革期には、教皇庁の美術が当時の公的な美術様式と認定され、各教団の美術政策や個人の美術嗜好に強く影響していたからである。具体的には、16世紀から17世紀にかけての教皇権が、当時の欧米の歴史情勢の中でどのような政治的・社会的位置をしめていたのか、またそれが公的な聖庁であるヴァチカン宮殿と一族の居城であるパラッツォの美術装飾にどのように反映しているかについて調査した。平成15年度は、反宗教改革の国際的広がりという視点から、イタリア以外に普及した反宗教改革期の美術様式に注目した。また、わが国の禁教下から今日にいたるまでのいわゆる「隠れキリシタン」の美術については、その聖像(イコン)が存在するにもかかわらず、美術史上の研究対象となったことはほとんどなかった。しかし、キリスト教主題を持つ原図が閉ざされた社会でいかに変容し、異種の図像にいたるかというきわめて興味深い問題を提示しており、長崎県生月島で今も信仰されている聖画(納戸神・御前様)について若干の調査研究を行い、小論文を執筆した。平成16年度は著書『カラヴァッジョ 聖性とヴィジョン』をまとめるため、今までに書いた諸論文を点検して書き直す作業に従事した。とくに第二章「1600年前後のローマ画壇とカラヴァッジョ」は、かつて書いた論文をほぼ全画的に書き直し、大幅に加筆してほとんど新しい論文にしてしまった。このように、1600年前後の混沌とした美術の状況と、反宗教改革とキリスト教考古学の流行に鼓舞されて起こった新たな潮流を、カラヴァッジョの革新という座標軸を設定することであきらかにすることができた。