著者
小川 道雄 中口 和則 柴田 高 宮内 啓輔 NAKAGUCHI Kazunori
出版者
大阪大学
雑誌
一般研究(B)
巻号頁・発行日
1985

従来、膵分泌性トリプシン・インヒビター(PSTI)は膵臓にのみ存在し、膵管内におけるトリプシンの活性を阻害する役割を担っているとされてきた。われわれは血中PSTI測定のためのRIA系を確立し、血中PSTIが膵疾患以外にも外科手術後や重度外傷後に著明に上昇すること、その上昇が血中の急性相蛋白の変動と有意の正の相関をなすことを明らかにした。また悪性腫瘍患者でも進行例では血中PSTIが上昇していた。このような事実から血中PSTIは侵襲に対する生体の反応として血中に増加しており一種の急性相蛋白であると考えられる。PSTIは膵臓以外の各種臓器に存在していた。また各種悪性腫瘍組織にはPSTI陽性細胞が存在し、培養細胞系の免疫組織学的検索やノザン・ブロッティングの結果から、このPSTIは腫瘍細胞において産生されていることが証明された。PSTIの構造は上皮成長因子(EGF)のそれと類似していた。このことから急性相蛋白としてのPSTIの作用がEGF様の作用ではないかと考え、PSTIを線維芽細胞に作用させ、そのDNA合成に対する効果を検討した。その結果PSTIにはDNA合成促進作用のあることがわかった。ひきつづいて、培養細胞系にはPSTI受容体が存在すること、その受容体はEGF受容体とは異なることを明らかにした。血中PSTIは侵襲に反応して血中に増加する。そして血中PSTIの作用は組織の損傷に対して再生あるいは修復のための情報の伝達に関連していると考えられた。これらの結果から、悪性腫瘍細胞において産生されたPSTIにもこのような成長促進因子としてのPSTIと共通した作用があることが示唆された。