著者
寺戸 宏嗣
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.75, no.2, pp.238-260, 2010-09-30 (Released:2017-08-14)

本論文は、ベトナム社会主義共和国ハノイ市におけるバスインターチェンジ建設事業を事例に、都市開発を巡る行政的意思決定過程での技術、政治、理念の錯綜と分節を記述・分析することを目的とする。公共交通体系の発展を目的とした或る国際共同プロジェクトによる同事業は、現地の都市状況だけでなく同市交通局の行政機構にも深く埋め込まれており、その中でドイツ人専門家の発案になるバスインターチェンジのコンセプトは一連の成長と転換の過程を経た。中でも、その設計がほぼ完成し着工目前と思われていたプロジェクト終盤に、新交通局長の着任を契機とする設計の大幅変更が起きた。本論文はこれら一連の過程から、行政機構での一種の技術論争のメカニズムと、それに応じた技術、政治、理念の錯綜と分節のあり方を見出す。インターチェンジというコンセプトを、周囲の人と交通の流れや未来の交通施設といった脈絡や諸要素に関係づけ、それらを織り込んで捉える中で具体的かつ理念的に成長させていったプロジェクトチーム(III章)に対して、新局長らはそれを単体の施設として捉え、周囲の交通の流れとの軋轢を問題視する観点から設計案の変更を迫った(IV章)。ここには、インターチェンジを周囲の事物や流れといかに関係づけ/切り取るかを巡る異なる視点のスケールが「技術的」次元で衝突するようになる一方、プロジェクトチーム(とりわけ外国人専門家)がそれを「技術/政治」もしくは「(技術的)細部/理念」といった異なる次元に分節化しようとする(徹底困難な)試みが見出される。社会的に拡張するのではなく技術的に細密化したこの論争過程には、異なる理念や論理が衝突し合う交渉過程ではなく、それらが不分明になるとともに、それらに訴えることが困難になる、非対称な行政的力学が指摘できる(V章)。