著者
小山 太一
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2003

昨年度における資料収集およびアントニー・ポウエルの戦前諸作品の研究を踏まえて、本年度は、論文The Novels of Anthony Powell : A Critical Study(90,000 words、未発表)を完成させることにもっぱら努力を傾注した。本論文は、まずポウエルの喜劇小説創作の傾向と諸問題、文学史的コンテクストを整理解説したうえで、ポウエルの戦前・戦後の全テクストに詳細な読解を加え、とりわけ戦後の膨大な12連作『時間の踊り』(A Dance to the Music of Time,1951-1975)の全体像を一望の下に置いたうえでその語りのテクニックとテーマを掘り下げるものである。その論述過程においては、喜劇小説家ポウエルの長いキャリアに「コミックなるものの構造転換、喜劇の持つ教育機能をみずから脱構築してゆく語り」という一貫したテーマを見出し、彼が英国の社会喜劇小説の伝統にもたらした革新(あるいは英国の社会喜劇小説の伝統への反逆)の持つ意味とその限界を明らかにすることを第一の目標とした。本論文は、現在、英国アントニー・ポウエル協会(http://www.anthonypowell.org)を通じて英国ないし米国の出版社との出版交渉を準備中である。また、本年度は、ポウエル以降の英国小説における「コミックなるもの」のありかたにも視野を広げ、文学史的通観を現代まで接続する試みも開始した。論文「イアン・マキューアンにおけるコミックの要素」は、現代において創作活動を展開している英国小説家について、彼の小説の語りの構造そのものに内在する不条理な喜劇性を考察したものである。