著者
相馬 貴代 小山直樹
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.23, pp.13, 2007

メス優位のワオキツネザルの社会では、群れ内メスが一定頭数を超えると、Targetting aggressionと呼ばれる、特定個体に対する執拗な攻撃行動が起こり、追い出しにいたることが知られている。何家系を含む群れの場合、優位家系グループから劣位家系グループの個体への攻撃がおこり、結果として群れが分裂することが多い。<br> 2004年8月から2005年11月、2006年4月、2006年9月から11月の間に、すべてのメスが1頭のメスの子孫からなる観察群(オトナメス個体数およそ10頭、総個体数およそ22頭)を観察した。この群れにおける「追い出し」から「追い出され個体の群れ復帰」までの経過を報告する。<br> _丸1_アルファメスであったME89(メス全員の母および祖母)の消失、_丸2_ME89の娘ME8998のアルファメス化と姪グループ(ME8998の死亡した姉ME8994の娘・ME899499とその妹2頭)の追い出し、_丸3_追い出された姪グループのノマド(放浪)群化、_丸4_姪グループの群れ再加入とME8998の追い出し、_丸5_追い出されたME8998グループのノマド群化、_丸6_姪グループの長女ME899499のアルファメス化、というプロセスが観察された。新しくアルファメスになったME89の娘ME8998は、自身の妹たちとグループを作り、姪グループを追い出した。1年半後、姪グループが群れに復帰し、かつて彼女達に最も攻撃を加えた、アルファメスME8998とその妹を反対に追い出した。また、姪グループに攻撃的であったME8998グループのメスはすべて劣位となった。<br> 単一家系からなる群れの場合、 共通の祖先メス個体の消失後にアルファメスとなった個体が、血縁度が低い姪グループを選択的に追い出すことは妥当なのかもしれない。また、自分を攻撃した個体を追い出したり、攻撃を加えたりすることは、ワオキツネザルにおける「復讐」という意識とそれを確実にする記憶の存在を示唆することにならないだろうか。