著者
松浦 康治郎 高木 大輔 影山 昌利 小島 怜士 佐々木 嘉光 宮城 道人
出版者
東海北陸理学療法学術大会
雑誌
東海北陸理学療法学術大会誌 第27回東海北陸理学療法学術大会
巻号頁・発行日
pp.203, 2011 (Released:2011-12-22)

【はじめに】長胸神経麻痺とは、長胸神経が外傷等により損傷を受けることで前鋸筋の筋力低下をきたし、肩関節の屈曲、外転方向の運動が障害され、翼状肩甲骨等の臨床症状を呈す疾患である。一般的に外傷性の神経断裂がなければ2~3ヶ月、遅くとも6ヶ月程度で自然治癒してくるとされ、24~48ヶ月でほぼ回復するとされており、理学療法介入の機会は少ない。<BR>1998年に北村らは、8症例に対し保存的治療後5年間の経過を追ったが、治療成績には個体差がみられ、また、1995年にKuhnは二次的に上肢帯機能不全を呈す症例があると報告している。つまり、長胸神経麻痺症例がたどる経過や治癒成績は一定していないと考えられ、さらに理学療法の介入効果の報告は散見される程度である。今回長胸神経麻痺を呈した後に運動時の疼痛を主とする二次的な上肢帯機能不全の合併が疑われた症例を経験した。約8ヶ月間の理学療法介入を経験する機会を得たため、経過をまとめて報告する。 【症例紹介】症例は10歳代後半の男性で、平成21年5月上旬に左肩周辺に疼痛が出現し、上肢挙上困難となった。8月中旬に当院受診し、長胸神経麻痺と診断。その後、上肢安静、運動制限(良肢位保持)を行い約3ヵ月後より医師の指導で肩周囲の自主訓練を行ったが、機能改善に乏しく、同年12月中旬より理学療法開始となった。尚、今回の報告に際し、本人に口頭および紙面で説明し同意を得た。 【初期評価時現症(平成21年12月中旬)】左肩ROM(Active/Passive)は、屈曲80°P/120°P、外転60°P/70°P。徒手筋力テスト(MMT)は屈曲・外転4。握力(左/右)25/47kg。疼痛(NRS)は、左肩屈曲・外転・外旋の自動運動時に6~8で、翼状肩甲を認めた。筋持久力の評価を目的とし、連続して反復運動可能な回数(左/右)を評価した結果、肩屈曲2/53回、肩外転1/45回であった。 【経過】平成21年12月中旬より理学療法を開始。ホットパック、ストレッチ、マッサージ、他動・自動のROM訓練を40~60分、週4回実施した。理学療法介入より40病日で左肩屈曲・外転筋群の筋力がMMT5となり、59病日には、ROMが左肩自動屈曲120°、外転150°となった。84病日には左肩自動屈曲・外転ROMが150°になり、116病日には左肩自動屈曲・外転ともに170°まで改善した。116病日より前鋸筋を中心に筋力訓練を開始。127病日に明らかな翼状肩甲が消失し、左肩自動運動時痛も減少を認め(NRS 4~6)、左肩反復屈曲は15回、外転は12回まで可能となった。143病日には左肩自動屈曲、外転180°まで改善。189病日には左肩反復屈曲が25回まで可能となり、左肩運動時痛はNRS2~4となった。200病日には左肩反復外転20回となり、228病日に理学療法終了となった。 【最終評価時現症(平成22年7月下旬)】左肩ROM(Active/Passive)は、屈曲180°P/180°、外転180°P/180°。MMTは屈曲・外転5。握力(左/右)32/50kg。疼痛(NRS)は、肩屈曲・外転・外旋時に2~4で、明らかな翼状肩甲は消失。連続して反復運動可能な回数(左/右)は、肩屈曲25/48回、肩外転20/51回であった。 【考察】長胸神経麻痺後の症例に対して、約8ヶ月間の理学療法を実施した結果、MMTが介入後約40病日、ROMが約140病日まで改善を認めた。ROMの改善については、2009年に加古原らは過剰収縮のある筋群を抑制し、前鋸筋訓練を行うことで、長胸神経麻痺症例の肩ROMが大幅に改善したと報告している。本症例も、代償筋群へのリラクセーションや前鋸筋を中心とした訓練により、筋の過緊張が抑制され、ROMが改善したと考える。また、MMTにおいても、代償筋群の過剰収縮の軽減による筋出力の再調整、疼痛の軽減が改善の要因に挙げられるのではないかと考える。疼痛については、1995年にKuhnらは、長胸神経麻痺症例では、上肢帯運動時に代償筋群の過剰な収縮により、二次的に疼痛を起こす場合があると報告している。本症例は上肢帯拳上の際に、努力性の動作を認めたことから、代償筋群の過剰収縮が筋血流量の減少をもたらし、筋の収縮時痛が生じていると考える。また、筋血流量の減少により筋持久力の低下も招いている可能性が推測されるが、今回は客観的評価に乏しかったため、今後検討が必要である。 【まとめ】長胸神経麻痺で二次的な上肢帯機能不全がある症例に対して理学療法を行い、ROMとMMTの改善がみられた。一方で、疼痛や筋持久力低下などのさらなる障害も認めたため、今後は長胸神経麻痺に対してのリハビリテーションによる経過や効果等の検討を積み重ねていく必要がある。