著者
小川 知彦
出版者
大阪大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
1995

本研究は,成人性歯周炎の原因菌として目されるPorphyromonas gingibalis菌体表層の41K線毛ならびに菌体表層蛋白72K-CSPに対する特異抗体を用いて,成人性歯周炎患者の歯周ポケット中のP. gingivalisを特異的に検出することならびに同菌体のこれら表層蛋白の抗原エピトープを明らかにし,歯周病患者の歯肉溝液,唾液ならびに血清中の特異免疫反応を,試料採取したペ-パ-ポイント上でELISAにより発色し,迅速かつ容易に評価しようとした.その結果、概略次のような結果を得た.1)歯周病患者の血清を用いて,B細胞エピトープ領域をELISA法により検討した結果,41K線毛では6領域,′72K-CSPでは7領域がそれぞれ明らかとなった.2)防水加工したペ-パ-ポイントを作成し,所定数のP. gingivalis菌体を同ペ-パ-ポイント上に吸着し,作出したウサギ抗血清やマウスモノクローナル抗体を用いて,P. gingivalisの細菌数とELISAによる反応性において明確な用量-反応関係が得られた.3)歯周病患者の歯肉溝液,唾液ならびに血清中のP. gingivalis線毛蛋白抗原やそのエピトープに対応するペプチド抗原に対する特異抗体を調べ,その反応性と歯周病との関係を検討した.その結果,P. gingivalisの2つのタイプの線毛蛋白抗原やそのB細胞エピトープのペプチドと患者歯肉溝液および同血清と明確な反応がみられた.また,2つのタイプの線毛蛋白抗原に両方反応する血清やそれぞれの線毛抗原にしか反応しない血清が認められた.さらに,歯肉溝液との反応において調べた限りでは,特にIgGサブクラスにおいて病態の悪化にともないIgG4サブクラスの反応性が強まる傾向が見られた.
著者
小川 知彦
出版者
日本細菌学会
雑誌
日本細菌学雑誌 (ISSN:00214930)
巻号頁・発行日
vol.61, no.4, pp.391-404, 2006-11-25 (Released:2011-06-17)
参考文献数
85

1933年Boivinらは初めてネズミチフス菌から内毒素を抽出して以来, 内毒素の化学的, 生物学的な研究が多方面にわたり進められた. 1952年Westphalらの温フェノールー水により抽出された内毒素性リボ多糖 (LPS) の構造学的, 機能学的性状が明らかにされるとともに, 今日, これらグラム陰性菌の感染防御機構に関する研究が国内外で盛んに行われ大きな進歩がみられる. これまでのPS研究のなかで, 1960年代からBacteroides類縁菌LPSの特徴的な化学構造やその生物活性に注目が集まりこれまでの長い研究の歴史がある. また, 口腔内に棲息する歯周病の原因菌として注目される菌種もかつてはバクテロイデス属に分類されていたものが多くみられ, なかでも黒色色素産生性偏性嫌気性菌であるPorphyromonas gingivalis (旧Bacteroides gingivalis) LPSについてもビルレンス因子としての可能性が探究されてきた. これらBacteroides類縁菌LPSの活性中心であるリピドA分子は, その特徴的な化学構造の故に内毒素作用や種々の生物活性が弱く, しばしばLPSのアンタゴニストとして作用することが知られている. 他方, これらしPSは, LPSに不応答であるC3H/HeJマウスの細胞を活性化することが多数報告されている. 我々はP.gingivalisリピドAの化学構造を最初に明らかにしたが, 当初, P.gingivalisLPSやリピドAがC3H/HeJマウスに作用することを多くの研究者と同様に報告した. その後近年のToll-likereceptor研究の隆盛に応じて, P.gingivalisLPSやリピドAがTLR2に作用するリガンドであるとの知見が多くみられた. 我々は, P.gingivalisリピドA種の不均質性ならびに生物学的に活性な成分の混入などの問題点を解決するためにリピドAの化学合成対応物を作出し, TLR4アゴニストであるとの結果を得ている. さらにP.gingivalisLPSやリピドAがTLR2リガンドであるとの通説を払拭するためにP.gingivalisLPS画分に混入するTLR2アゴニストを分離・精製し, その化学構造が3残基の脂肪酸からなるリポタンパク質であることを明らかにし, 長年のBacteroides類縁菌LPSにまつわる問題を解決した. 歯科領域ばかりでなく, 自然免疫分野では今なお, “TLR2活性LPS1リピドA”との誤認に基づく研究が跡を絶たない. これまでの歴史的経緯を踏まえて, 腸内細菌科由来LPSやリピドAと同様に, TLR4に作用するリガンドであるBactem/des類縁菌PSについて, P.gingivalisLPSやリピドAに関する研究を中心に概説した.