著者
伊藤 健司 茂田 哲郎 岡田 章代 小曾根 裕之 千葉 慎一
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.CcOF2077, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】 肩の運動を構成する要素の中で肩甲骨の動きは重要である。肩甲骨は胸郭上に浮遊している特徴をもつため、胸郭の柔軟性・頭位・脊柱の可動性さらに骨盤・下肢からの影響も無視できない。また臨床において頭部前方位姿勢(FHP)が肩甲胸郭関節の機能不全を引き起こしていると思われる症例をよくみかけるが、肩甲胸郭関節の機能不全に対して頭部の位置をいわゆる良い姿勢(耳垂のやや後方からの垂線が肩峰を通る)へ促すアプローチをすることにより機能不全が改善することを多く経験する。しかし頭部の位置と肩甲帯の動きの関係性についての報告は少ない。 我々は第45回本学術大会において肩甲帯屈曲・伸展の骨盤前後傾による影響を報告した。骨盤前傾位が後傾位に比べると肩甲帯屈曲・伸展ともに有意に可動域が大きい結果となった。今回は頭部前方位姿勢と良い姿勢での頭部の位置変化により肩甲帯屈曲・伸展角度に違いがでるのかどうか明らかにすることが本研究の目的である。【方法】 対象は肩関節に既往のない20歳から30歳代の男性7名13肩(平均年齢25.6±3.0歳)とした。プラットフォーム上端座位で良い姿勢と頭部前方位姿勢のそれぞれで肩甲帯屈曲・伸展を左右3回ずつ自動運動にて日本整形外科学会・日本リハビリテーション医学会が制定する関節可動域検査法(以下、従来の方法)で測定した。従来の方法は我々が第44回本学術大会において報告し、評価の信頼性を得ることができている。頭部前方位姿勢は被験者に対して端座位にて前方を注視させたまま頭部を前方に突出させ、最大頭部前方位姿勢となった状態と定義した。また良い姿勢とは被験者に対して端座位にて耳垂のやや後方からの垂線が肩峰を通り軽く顎を引いた姿勢と定義した。 統計処理は、対応のあるt検定を用いて、良い姿勢での肩甲帯屈曲・伸展と頭部前方位姿勢での肩甲帯屈曲・伸展をそれぞれ検討し、有意水準を5%未満とした。【説明と同意】 ヘルシンキ宣言に基づき対象者に対して研究の趣旨と内容、得られたデータは研究の目的以外には使用しないこと、および個人情報漏洩に注意することについて十分な説明のうえ同意を得て行った。【結果】 良い姿勢での肩甲帯可動域は右屈曲26.7±5.7度、右伸展22.3±6.7度、左屈曲26.4±5.6度、左伸展24.2±10.3度であった。頭部前方位姿勢での肩甲帯可動域は右屈曲20.7±3.1度、右伸展14.5±7.4度、左屈曲21.9±4.8度、左伸展17.5±7.4度であった。良い姿勢と頭部前方位姿勢での肩甲帯屈曲・伸展の可動域はともに有意差が認められた。良い姿勢の方が頭部前方位姿勢と比較すると肩甲帯屈曲・伸展ともに有意に可動域が大きい値を示す結果となった(p<0.05)。【考察】 今回の結果から頭部前方位姿勢の方が良い姿勢に比べ肩甲帯屈曲・伸展可動域がともに小さいことが分かった。頭部前方位姿勢は2パターンあることが確認された。1パターンは円背様の姿勢で骨盤後傾を伴い胸腰椎後弯し頭部が前方に変位する姿勢。2パターン目は骨盤の動きは少なく頭部が前方に変位し肩甲骨内転位でバランスを保っているような胸椎伸展傾向の姿勢である。どちらのパターンも頭部を前方位に保持するため肩甲帯が姿勢調節に関与し、肩甲帯の動きが少なくなったのではないかと考えた。円背様の姿勢では胸椎後弯し肩甲帯が屈曲位で姿勢を保持しバランスを保っているため、肩甲帯屈曲・伸展ともに可動域が減少したのではないかと推察された。2パターン目の姿勢でも肩甲帯を内転位にすることでバランスを保っているために、肩甲帯屈曲・伸展のともに可動域が減少したのではないかと推察された。 頭部を前方に変位させると人それぞれで姿勢を制御し、身体を使いやすいように動かしているので臨床においてはそれぞれに対して使い方を少しでも変えるアプローチをすることで機能不全が改善できるのではないかと思う。 我々が第45回本学術大会で報告した内容と併せて考えると頭部の位置や骨盤・脊柱の肢位変化は肩甲帯の可動性に影響すると改めて確認することができた。 今後の課題として肩甲帯屈曲・伸展のみの動きのだけではなく、さまざまな肩甲骨の動きと頭部・脊柱・骨盤の肢位の関係を検討していきたい。【理学療法学研究としての意義】 頭部の位置が肩甲帯の動きに影響するのかどうかを調べることにより、臨床的に肩関節疾患を評価・治療をする際、頭部の位置を考慮にいれて理学療法を行うことの科学的な根拠を提示することができた。