著者
吉川 桃子 平谷 尚大 佐々木 克尚 小松 勝人 掛水 真紀 福岡 知之 津野 雅人 沖田 学
出版者
日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.AbPI2023, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】 リハビリテーションや運動指導における言語は,患者に運動学習を促すための方法の1つである.宮本ら(2005)は,臨床において主観的で抽象的な言葉の重要性を唱えている.また,日岡ら(2010)は,知能が低下した患者に行為を共感覚を用いた抽象概念で説明することが有効であると報告している.さらに,言語と運動について平松ら(2009)は,擬態語の提示は意図する行為をシミュレートさせる可能性があり,擬態語は言語教示において運動をシミュレートさせる有効な手段の一つであると述べている.しかし,使用する副詞や比喩表現の違いが実際の動作へ及ぼす影響について検討されたものは少ない.そこで,本研究の目的は情態副詞,擬態語,メタファー言語が実際の動作にどのような影響を及ぼすかについて明らかにすることである.【方法】 対象は健常成人6名 (男性2名,女性4名:平均年齢20.8±1.47歳)とした.実験の内容を理解できない者や条件の理解を誤った者は除外した.実験課題は,紙面上に描かれた外周800mmの正方形を右回りに2分間のトレースを行う課題(平林ら,1998)である.その際,以下の4つの条件を設定して行った.条件1は何も教示なしで課題を行わせた.条件2は「ゆっくりなぞって下さい」の文章を提示して行わせた(情態副詞条件).条件3は「じわじわなぞって下さい」の文章を提示して行わせた(擬態語条件).条件4は「1番遅く動くものは何ですか?」と問い,「そのようなイメージでなぞって下さい」の文章を提示して行わせた(メタファー言語条件).これら4つの条件をランダムに提示した.また,知的機能検査としてMini-Mental State Examination(以下,MMSE),Frontal Assessment Battery(以下,FAB),Trail making test A(以下,TMT-A),ブーバ/キキ実験を実施した.統計処理は,各条件のトレースした長さをKruskal-Wallis testを用いて比較検討した.また,各条件の特性を分析するために,個人別に長くトレースした順に順位付けを行い,それらにMann-Whitney’s U testを用いて比較検討した.なおBonferroniの不等式修正法を用いた有意差調整により統計学的有意水準を0.0083未満とした.【説明と同意】 全ての対象者から事前に本研究の目的,方法を十分に説明し,書面で同意を得た.【結果】 知的機能検査の平均値と標準偏差は,MMSEは29.7±0.8点,FABは17.3±0.8点,TMT-Aは82.1±24.6秒であり,対象者は知的能力や注意能力が低下していなかった.ブーバ/キキ実験では全ての対象者がでこぼこした図形が「ブーバ」,ぎざぎざの図形が「キキ」と判断した.統計処理の結果は,各条件でのトレースした長さの平均値と標準偏差は,条件1は16979.2±12739.86mm,条件2は4031.33±3272.83mm,条件3は2166±1372.41mm,条件4は1531±1350.74mmであり,各条件間で有意差は認められなかった.しかし,個人別にトレースの長い順に順位付けを行ったものは, 全ての対象者が条件1を最も長くトレースした.そのため,条件1は他の4つの条件と比較し,有意にトレースした長さが長かった.また,条件2は条件3より長くトレースした人数が有意に多かった.【考察】 今回の研究では,具体的な運動速度を提示せずに自由に動作を行わす場合と比較し,速度の遅い意味をもった言語を提示することで動作がより遅くなった.その中でも,動きやその状態の質および様子を表す副詞を修飾した場合と比較し,音や速度をイメージさせるような副詞を修飾した場合により動作への影響が大きくなった.つまり,単純な動作指示に情態副詞,擬態語,メタファー言語を修飾することで,より意味に対応した形に運動制御が変化し,さらに擬態語は情態副詞より運動制御に影響を及ぼすことが明確となった.これは,擬態語が情態副詞と比較し,状態や感情,身振りなどの音を発しないものをいかにもそれらしく音声に例えて表した語句であるため,より動作のイメージが想起されやすかったためであると考える.【理学療法学研究としての意義】 本研究では,情態副詞,擬態語,メタファー言語の提示が運動制御に影響を与えることを明らかにした.このことから,単純な運動指示を提示するのではなく,状態副詞,擬態語,メタファー言語を修飾することが運動指導においてより有効な方法であることが示唆された.今後は,認知症高齢者や脳卒中患者を対象として本研究の応用性を検討する必要がある.