著者
小林 直弥
出版者
日本大学
雑誌
日本大学芸術学部紀要 (ISSN:03855910)
巻号頁・発行日
no.42, pp.15-27, 2005

日本の芸能、とりわけ歌舞伎における舞踊作品の中に、「ちょぼくれ」なる節を駆使した芸態がある。この「ちょぼくれ」とは、江戸時代における乞食坊主「願人坊主」と、それから派生した大道の雑芸より出たもので、大坂では「ちょんがれ」と呼ばれ、その後「浪花節」や「浪曲」の根源をなすものでもある。歌舞伎舞踊においては、特に門付芸として存在した「阿保蛇羅経読み」や「まかしょ」など、大道の雑芸人を描いたものや、「ちょぼくれ」の軽快な節回しを駆使した『偲儡師』や『喜撰』、『吉原雀』といった曲が現存し、現代にまでも当時の風情を伝えている。また、各地の民俗芸能として伝承されたものもある。本研究は、江戸期において大流行し、その後多くの芸能に影響を与えた「ちょぼくれ」を題材に、流行性と芸能における関係作用の研究の一つとして、まとめたものである。
著者
小林 直弥
出版者
日本大学
雑誌
日本大学芸術学部紀要 (ISSN:03855910)
巻号頁・発行日
no.43, pp.27-38, 2006

日本における「舞(まい)」の始源的要素の中には、常に為政者(皇帝・天皇)への「服従」とシャーマニズムを伴う「舞」行為が存在する。その中でもとりわけ特異な存在が「八〓舞」である。この「舞」は、古代中国をその源とし、韓国における「雅楽」においては、中心的な役割を果たしている。が、8列8人、総勢64名による「八〓舞」は、日本では『日本書紀』に記載されるものの、宮中に現存する「雅(舞)楽」には何故か、その存在がない。そこには、日本が中国や朝鮮半島からの外来芸能や文化から、いよいよ独自の文化を形成する方向へ進む、歴史の流れが隠されており、また、儒教思想と仏教思想のどちらを国家が選択したかなど、さまざまな歴史的背景も読み取れるのである。本研究では、わずかな記述のみに残る「八〓舞」を中心に、日本の宮廷楽舞の始源的要素について考察したものである。
著者
小林 直弥
出版者
日本大学
雑誌
日本大学芸術学部紀要 (ISSN:03855910)
巻号頁・発行日
vol.41, pp.13-23, 2005

日本の芸能の深層には、常にその担い手である芸能者に「巫=シャーマン」の要素を求めてきた歴史がある。中でも一年間の節目に、山や他界から来訪する鬼神の存在は、「翁」を創造し、後に七道者(しちどうもの)を通し芸能化していった過程を考察することもできる。本論ではそうした「翁」の創造と芸能との関係を考察する一方、折口信夫が唱えた「まれびと論」を参考に、芸能における演じる側の役割はいったいなんであったのかについて研究した。
著者
小林 直弥
出版者
日本大学
雑誌
日本大学芸術学部紀要 (ISSN:03855910)
巻号頁・発行日
no.47, pp.57-71, 2008

1930年代から40年代にかけ、戦前の日本で大変な人気を博していた舞踊家がいた。その名前は、朝鮮人の舞踊家「崔承喜(チェ・スンヒ)」である。日本では「サイ・ショウキ」の名前で知られ、多くの広告に抜擢されたり、また、世界ツアーや、歌舞伎座公演などを開催するなど活躍したという。さらに、未だ「創作舞踊」という概念が確立できてはいなかった時代にあって、その草分けである石井漠に舞踊を習い、日本、朝鮮、中国において活躍したこの崔承喜は、時代に翻弄されながらも、現代に新しい舞踊創造への働きかけを続けた人物である。このたび、著者の中国における海外研修において、崔承喜の足跡に加え、中国での活動の断片をまとめた考察が本稿である。