著者
小野寺 瑶子
出版者
公益財団法人 史学会
雑誌
史学雑誌 (ISSN:00182478)
巻号頁・発行日
vol.128, no.10, pp.1-26, 2019 (Released:2021-09-02)

18世紀ロンドンでは、都市化の進行をはじめとする社会状況の変化に対応すべく、治安維持機構の改革が進められていた。近年の研究において、18世紀と19世紀の間に一定の連続性が認められる中で、本論文は、中央集権的な警察機構に強い抵抗を感じていたイングランド社会に、いかにして近代警察が導入されるに至ったかについて改めて探ることを目的とした。パーマーによれば、首都警察導入の背景として、騒擾対応において軍隊を用いる機会が増え、警察への抵抗感も薄れていったのであろうと指摘されている。これに対し、筆者は、軍隊と異なる性質を持つ義勇団の治安維持活動に着目し、治安維持組織改革における義勇団の役割と意義を捉え直すことを試みた。 本論において、まず、ロンドン・ウェストミンスタ義勇軽騎兵団及びシティの2つの武装協会を事例に、義勇団の構成並びに財政のあり方について詳しく考察した。結果、義勇団は国からの支援を受けて国と協力関係を結びながらも、日頃から培われてきた地域共同体のネットワークを基盤としていたことが明らかになった。続いて、対仏戦争期の騒擾対応の検討を通して、社会の変化と共に繁雑となった治安業務について、内務省の緩やかな指揮の下、様々な治安維持の担い手が連携しながら、戦時下の新たな社会状況に対処していたこと、また義勇団の参与により、治安判事と治安官を中心とする従来の治安維持組織の不備が補われたことも明らかにした。さらに、議会議事録や下院委員会の報告書の分析を通して、ナポレオン戦争終結後、義勇団の騒擾対応における働きを念頭に置きながら、共同体の自立した住民から成る組織に軍事的規律を導入し、有用性を高める方向で、治安維持組織改革が検討されたことを明らかにした。首都警察成立はその流れの中に位置づけられると共に、リスペクタビリティよりも実践的な有用性を重視した点において従来の治安維持組織と一線を画していたといえる。