- 著者
-
小長井 賀與
- 出版者
- 日本犯罪社会学会
- 雑誌
- 犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
- 巻号頁・発行日
- vol.34, pp.95-113, 2009-10-20 (Released:2017-03-30)
本稿では,社会的排除論に立脚した新しい犯罪者処遇方法の原型をイギリスに求め,背景,理念,方法,意義及び事例を概観し,「更生中心主義か,リスク管理及び正義の実現か」という二項対立を止揚した新しい処遇モデルとして,理論的に整理した.イギリスでは,「福祉国家」建設が破たんしたとされる1980年代以降は,保守党政権によって新自由主義に立脚する国家運営が行われた.犯罪対策においては,犯罪の責任を専ら個人に求め,厳罰化が進められた.しかし,1997年に労働党政権へ移行した後は,経済の発展と国民の福利が両立する「福祉社会」建設が模索されるようになり,政府は,社会的排除論に立脚して,種々の社会政策を行ってきた.社会的排除論では,個人的要因ではなく社会構造的な要因によって,社会に参加できない一群の人々が出現するとする.犯罪対策においても,2001年以降は犯罪の社会的要因を公的に認め,犯罪を行った者を含めすべての市民に社会参加の機会を平等に保障することで,犯罪リスクを減じようとする政策を行うようになった.すなわち,政府は,官・民・公のパートナーシップの枠組みを用いて犯罪者を地域社会に再統合する政策を行い,さらに,刑事司法を社会的包摂政策及び社会保障政策に繋げ,より大きなフィールドの中で犯罪者を「7つの経路」から包括的に「地域で生活する者」としてエンパワーすることを目指してきた.「7つの経路」とは,実証研究に基づく犯因性ニーズであり,再犯を予防する手立てでもある.このようなイギリスの犯罪者処遇モデルは,シティズンシップに基づく人間観や,市民に社会参加の機会を保障することが社会や国家の責務であるとする社会観に負うところが大きい.あるべき社会や市民を示す概念を構築し切れていない日本では,残念ながら自国に相応しい犯罪者処遇モデルも形成しづらい状況にある.それでも日本はイギリスの経験から学び,いくつかの方策を導入することができる.特に,犯罪者の更生と社会参加が地域社会の安全に寄与するとし,自治体や市民セクターとのパートナーシップを用いて犯罪者を社会に再統合する方法は示唆に富む.