著者
山下 泰幸
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2017-04-26

本研究の初年度にあたる2017年度は、以下の研究活動を行った。第一に、2016年夏季にフランスで実施した質的調査に基づくデータから、パリに在住する社会・経済的な成功をおさめる北アフリカ系の移民二世のムスリムたちの語りを分析し、その結果を2017年5月に開催された関西社会学会第68回大会にて口頭発表した。そこで得られた批判を受けて内容を大幅に再検討したものを、2018年1月に学術雑誌『ソシオロジ』に研究論文として投稿し、査読の結果、2018年7月に刊行予定の同誌192号での掲載を許可された。この研究においては、新しいイスラームの理念型のひとつでとして「順応型イスラーム」という概念を提起した。新しい世代のムスリムたちの一部は、目立った信仰実践を行わないことで、社会・経済的な成功を目指す上で周囲の人々との間で発生しかねないコンフリクトを回避していることが明らかになった。第二に、今後の研究において理論的な一つの主軸として用いるために、ポストコロニアル研究に関連する理論的な先行研究を広く収集・学習した。とりわけスピヴァックやモハンティなどをはじめとするポストコロニアル・フェミニズムに関連する研究や、フランスにおいて比較的参照されることの多いサヤードなどの著作を読み進めた。ポストコロニアル研究の影響が限定的であるフランスのイスラーム関連の先行研究を批判的に再検討するためには、このような研究において用いられている視座が必要不可欠である。第三に、2017年夏および2018年初春に、それぞれ二カ月程度フランス・パリに滞在し、ムスリム・コミュニティへの参与観察およびインタビュー調査を実施した。この調査結果をもとに、今後、ジェンダーとレイシズムへの抵抗の関係性に焦点を当てながら、ムスリムとしてのアイデンティティを有し、自らの権利を主張する女性たちを事例とした分析を行う予定である。