著者
森 直樹 山中 武志 福島 久典
出版者
大阪歯科学会
雑誌
歯科医学 (ISSN:00306150)
巻号頁・発行日
vol.69, no.3, pp.139-150, 2006-12-25
被引用文献数
6

細菌が菌体外多糖(exopolysaccharide: EPS)を産生し,バイオフィルムを形成すると,たとえ弱毒菌であっても難治性感染症を惹起し得ることが近年の研究で明らかとなっている.我々はこれまでに,歯周病原細菌の1つであるPrevotella intermedia (P. intermedia)のなかに,EPSを産生してバイオフィルム様構造をもつものが存在すること,EPSを産生するP. intermediaのマウスにおける膿瘍形成誘導能は,EPSを産生しない株と比較すると100〜1,000倍強いことを報告してきた.EPS産生性はP. intermediaの病原性を決定する重要な因子であると考えられるが,その産生調節に関わる遺伝子は未だ不明である.本研究では,当研究室で辺縁性歯周炎病巣より分離した,EPSを産生するP. intermedia strain 17と,strain 17のvariantで,EPS産生性を失ったstrain 17-2を用いて,両菌株の病原性と遺伝子発現の差について検討した.マウスにおける膿瘍形成試験の結果,strain 17の膿瘍形成能はEPSを産生しないstrain17-2と比べ,約100倍強いことが明らかとなった.ヒト好中球を用いた貪食試験により,strain 17は好中球の貪食に対して抵抗性を有することが確認された.Strain 17の全ゲノム配列をもとにマイクロアレイを作製し,strain 17が菌体周囲に網目状構造物の産生を開始する培養12時間頃の遺伝子発現を,これを産生しないstrain 17-2と比較した.その結果,strain 17において21遺伝子が2〜4倍発現上昇していた.機能の特定が可能であった遺伝子としては,熱ショックタンパクである10 kDa chaperonin, 60 kDa chaperonin, DnaJ, DnaK, CIpB遺伝子が含まれていた.また,膜輸送に関わるABC transporter遺伝子の1つであるATP結合タンパク遺伝子も発現上昇していた.以上の結果から,EPS産生性はP. intermediaの病原性に強く関わっており,その産生に熱ショックタンパクとABC transporter関連遺伝子が介在することが示唆された.
著者
松浦 修 山中 武志 福島 久典
出版者
大阪歯科学会
雑誌
歯科医学 (ISSN:00306150)
巻号頁・発行日
vol.70, no.2, pp.141-150, 2007-06-25

我々はこれまでに臨床分離のPrevotella intermedia(P.intermedia)のなかに,菌体外多糖(exopoly-saccharide:EPS)を多量に産生して単独でバイオフィルムを形成する株が存在することを明らかにしてきた.また,バイオフィルムを形成するP.intermediaのマウスにおける膿瘍形成誘導能は,非形成株と比較すると100〜1,000倍強いことや,EPS産生に関わる遺伝子発現についても報告してきた.EPS産生性獲得に伴うバイオフィルム形成性は,口腔常在菌であるP.intermediaの病原性を決定する重要な因子であると考えられるが,膿瘍形成誘導との直接的な繋がりについてはいまだ不明である.そこで今回,当研究室で辺縁性歯周炎病巣より分離した,P.intermedia strain OD 1-16よリ分離精製したEPSを用いて,これがヒト貪食細胞に与える影響について検討を試みた.貪食試験には,ヒト単球系細胞であるTHP-1細胞と直径2.0μmのラテックスビーズを用いた.オプソニン化したラテックスビーズを0.5〜2.0mg/mL濃度のEPSでコートし,HP-1細胞の貪食に与える影響を透過型電子顕微鏡にて観察した.THP-1細胞をEPSコート/非コ一トラテックスビーズと共培養したのち,RNAを回収し,純度を確認後,マイクロアレイにアプライし,遺伝子発現の差を検討した.精製したEPSでコートしたラテックスビーズを走査型電子顕微鏡観察し,OD 1-16のバイオフィルムに特徴的な菌体間の網目状構造がラテックスビーズ間にも再現されることを確認した.これをTHP-1細胞に貪食させたところ,EPSが濃度依存的にラテックスビーズの細胞内への取り込みを抑制することが明らかとなった.EPSによる貪食抑制を受けたTHP-1細胞と,活発にビーズを貪食した細胞の遺伝子発現をマイクロアレイ解析したところ,EPSによる貪食抑制を受けた細胞の約140遺伝子で2倍以上の発現上昇がみられた.今回の研究結果より,バイオフィルムを形成するP.intermedia由来のEPSが,ヒト単球系細胞であるTHP-1細胞の異物認識後の捕食を障害し,その遺伝子発現にも影響を与えることが明らかとなった.これらのことから,バイオフィルム形成細菌のEPS産生性は貪食細胞に対する抵抗因子として働き,さらには宿主細胞の動態に影響を与えることで組織侵襲性に関与していることが示唆された.