著者
福島 久典
出版者
大阪歯科学会
雑誌
歯科医学 (ISSN:00306150)
巻号頁・発行日
vol.61, no.2, pp.115-120, 1998
参考文献数
13
被引用文献数
1

う蝕は, 歯周疾患や根尖性歯周疾患とともに, 口腔常在細菌によって引き起こされる, 内因感染症である.しかしコレラ菌やチフス菌などの外因感染症と異なり, 内因感染症は, 病原性の弱い細菌による感染症であるので, 発症するためには, 宿主の状態, 基質などの因子が密接に関連する.う蝕は, 高濃度の有機酸でエナメル質が脱灰されることで始まる.この酸は, 歯の表面の歯垢内細菌が植物のなかの糖を発酵して生じる.歯垢内細菌のなかでmutans streptococciは, う蝕の原因菌としてもっとも注目を集めている.それはmutans streptococciが, 以下に示す種々の病原性状を備え, 実験動物に単独でう蝕を誘発することができるためである.歯の表面へのmutans streptococciの付着は, う蝕の発症にとって重要なステップである.この過程は, スクロール非依存性とスクロール依存性メカニズムによて仲介されている.スクロース非依存性の付着は, mutans streptococciと歯の表面の獲得被膜との間の相互作用で起こる.Mutans streptococciは, wall-associated proteins, serotype-specific antigens, lipoteichoic acid, peptidoglycan のような種々の細胞表面ポリマーをもっている.これらのポリマーのうち, 190 kDa(Russellらは, 167-kDaと記載している)cell surtace fibrillar protein antigen (antigen l/ll、B、lF, P1, SR, MSL-1, PAcなどと命名されている)は, 歯の表面の獲得被膜へのmutans streptococciの結合を仲介する要因の1つとして知られている.スクロース依存性の付着(粘着)は, glucosyltransferase(GTFs)で触媒される, スクロースから水不溶性グルカンの合成による.Mutans streptococciの歯の表面への粘着に続いて, 水溶性のdextranによる細菌の凝集(aggregation)巣が形成される.さらに菌体内外の各種の糖(多糖体を含む)を分解し, 乳酸を産生して, エナメル質の脱灰を生じさせる.このとき増殖が抑制される低いpH値でも, mutans streptococciは, 酸を産生し続ける性質(耐酸性)をもつ.このように, mutans streptococciは多くのう蝕誘発因子で, う蝕を発症させる.本シンポジウムでは, mutans streptococciのcell surface fibrillar protein antigen, GTFs, 耐酸性に関連するproton-ATPaseなどの最近の知見について概説する.
著者
石田 哲也 福島 久典
出版者
大阪歯科学会
雑誌
歯科医学 (ISSN:00306150)
巻号頁・発行日
vol.71, no.2, pp.139-146, 2008-06-25 (Released:2017-05-29)
参考文献数
36
被引用文献数
1

高野槙68%エタノール抽出液(試料A)の口腔細菌に対する抗菌域や性状を検索するとともに,精製を試みた.試料Aには夾雑物の混入が予測されたので,Sephacryl S-100によるゲル濾過を行った.溶出には0.05M Tris-HCl buffer(pH 7.5)を用いた.その結果,2つのピークが得られた.抗菌活性は両者に認められた.そこで試料A,第1ピーク,第2ピークの抗菌域を検討した.3者とも広い抗菌域(好気性ないし通性嫌気性菌ではStreptococcus oralis, Streptococcus sanguinis, Enterococcus faecalis, Staphylococcus aureus, Actinomyces viscosus, Bacillus subtilis, Rothia mucilaginosa, Pseudomonas aeruginosa, Escherichia coliなど,偏性嫌気性菌ではPorphyromonas gingivalis, Prevotella intermedia, Peptostreptococcus anaerobiusなど)を有し,ほぼ一致した.したがって,以後の実験には第2ピークの凍結乾燥標品(試料B)を供した.試料Bをそれぞれ0〜99.59%濃度のエタノールで溶解し,抗菌活性を測定した.その結果,エタノール濃度60%と70%をピークとする活性(16AU)がみられ,0%濃度でも4AUの活性が得られた.試料B水溶性画分の抗菌作用性は,指示菌(7.0×10^9/mL)と,試料Bをphosphate buffer salineで溶解させた活性画分(16AU)とを等量混ぜ合わせ,経時的に残存生菌数を測定した.生菌数は経時的に減少し,1時間後では5.0×10^2/mLであった.それゆえ試料B水溶性画分の抗菌活性は殺菌的であるといえる.抗菌活性の本体を知る目的で,chloroform-H_2O(1:1)に試料Bを溶解させ,活性を調べたところ,ほとんどの抗菌活性はchloroform層にみられた.ついで乾固させたchloroform層をacetonitrileで溶解してHPLCに供した.その結果,acetonitrileの高濃度画分に明瞭な抗菌活性がみられた.今後さらに解析を進め,抗菌成分を明らかにしたいと考えている.
著者
藤本 幸永 福島 久典
出版者
大阪歯科学会
雑誌
歯科医学 (ISSN:00306150)
巻号頁・発行日
vol.74, no.2, pp.48-55, 2011-09-25 (Released:2017-06-08)
参考文献数
34

高野槙68%エタノール抽出液の抗菌物質を部分精製するために,ヘキサン,ジイソプロピルエーテル,酢酸エチル,ブタノールで分画した.各層を乾固し,60%エタノールで溶解して抗菌活性を測定した.抗菌活性は,Staphylococcus aureus ATCC 12600を指示菌としてsoft agarとともに流し固めた平板上に,それぞれの試料の2培連続希釈液10μLずつを滴下して培養し,発育阻止が認められた最大希釈の逆数で表した.各活性画分はそれぞれSephadex^<TM>LH-20によるゲル濾過で分画した.またゲル濾過で得られた活性画分は高速液体クロマトグラフ分析に供した.さらに各抗菌活性画分の抗菌域についても検索した.最も強い抗菌活性が認められたのはジイソプロピルエーテル層(74.1%)で,ついでヘキサン層(19.7%),酢酸エチル層(6.2%)の順であった.ブタノール層と水層に活性はみられなかった.ヘキサン層をゲル濾過に供した結果,2つのピークが得られ,活性は第1ピークと第2ピークの間(Hb)にみられた.ジイソプロピルエーテル層のゲル濾過では3つのピークが得られ,抗菌活性は第1ピーク(Ea),第2ピーク(Eb)および低分子画分(Ec)に認められた.またHb,EbおよびEc画分について高速液体クロマトグラフで分析した結果,Hb,Eb画分では混在物のため抗菌活性のあるピークを分離することはできなかったが,Ec画分では4つのピークが得られ,活性は3番目のピークにみられた.したがって今後,このピークの成分について明らかにする予定である.Hb,Ea,EbおよびEc画分の通性嫌気性菌,好気性菌,真菌に対する抗菌域は,名画分間で相違がみられた.また嫌気性菌に対しても同様であった.これらの結果を総合してみると,高野槙68%エタノール抽出液は,極性,分子量,抗菌域の異なる抗菌物質を複数含んでいると考えられる.
著者
土居 正英 福島 久典
出版者
大阪歯科学会
雑誌
歯科医学 (ISSN:00306150)
巻号頁・発行日
vol.58, no.3, pp.189-204, 1995-06-25
被引用文献数
4

著者らは, Prevotella intermedia (P. intermedia) strain E18に強い赤血球凝集活性を見いだし, 凝集因子を分離精製している. P. intermedia strain E18の継代培養でしばしば黒色色素を産生しないコロニーがみられるので, 本実験では, これらの黒色色素非産生コロニーを分離し, 黒色色素産生株との性状を比較検討した. その結果, P. intermedia strain E18, 3株の黒色色素非産生株(strain E1801, E1802, E1803)およびtype strainであるP. intermedia ATCC 25611は, API ZYM systemでそれぞれ alkaline phosphatase, acid phosphatase, phosphoamidase および α-glucosidase 活性を示した. SDS-PAGEによる可溶性タンパク泳動パターンはいずれの菌株とも類似していた. また, P. intermedia strain E18と黒色色素非産生株は菌体表層に線毛構造がみられず, 両者の間に形態学的な相違は認められなかった. 赤血球凝集性は, 対照としたP. intermedia ATCC 25611では8AUであったのに対して, P. intermedia strain E18と黒色色素非産生株はともに32AUであった. 試験したすべての培養菌液と P. intermedia strain E18を硫安分画で濃縮し, ショ糖密度勾配遠心で得た vesicle画分である fraction B と C に対する抗fraction B および抗fraction C抗血清との間には共通する二本の沈降線が認められた. また, fraction Aを Arginine-agarose とゲル濾過でさらに精製し, SDS-PACEで約25kDaのバンドを示す赤血球凝集因子に対する抗血清と各培養菌液とを反応させた場合も共通する一本の沈降線が認められた. P. intermedia strain E18および3株の黒色色素非産生株はいずれもβ-lactamase, DNase, lecithinase および lipaseを産生した. パルスフィールド電気泳動では, P. intermedia strain E18, 黒色色素非産生株とも2,200kb と 750kb付近に二本のバンドが認められ, chromosomal DNAに相違は認められなかった. 以上の結果から, 黒色色素非産生株は P. intermedia strain E18由来の変異株であると考えられる.
著者
辰巳 浩隆 黒田 洋生 竹本 靖子 小川 歓 福島 久典 佐川 寛典 植野 茂 白数 力也 神原 正樹 大東 道治 毛利 学
出版者
大阪歯科学会
雑誌
歯科医学
巻号頁・発行日
vol.57, no.5, pp.403-407, 1994
被引用文献数
14

臨床の場から分離した methicillin-resistant staphylococci (MRS) 8株と標準株4株に対するアクア酸化水の殺菌効果を検索するために, アクア酸化水と対照の消毒剤 (グルタルアルデヒド, 次亜塩素酸ナトリウムおよび塩化ベンザルコニウム) の最小殺菌濃度を測定し, 比較検討した.<br> その結果, 4倍希釈したアクア酸化水では, 標準株の <i>Staphylococcus aureus</i> Oxford 209P と <i>Candida albicans</i> ATCC 10259 の発育が, また2倍希釈液では <i>Staphlococcus aureus</i> Oxford 209P の発育が認められた. しかし, 原液のアクア酸化水では, すべての供試菌株に対して全接触時間とも菌の発育が抑制された. 一方, 対照の消毒剤では, MRS 1株に対する 0.01% 次亜塩素酸ナトリウムの場合を除いて, すべて有効であった.<br> このことから, 原液のアクア酸化水は, 対照の消毒剤と同等あるいはそれ以上の優れた殺菌力を有すると考えられる.
著者
森 直樹 山中 武志 福島 久典
出版者
大阪歯科学会
雑誌
歯科医学 (ISSN:00306150)
巻号頁・発行日
vol.69, no.3, pp.139-150, 2006-12-25
被引用文献数
6

細菌が菌体外多糖(exopolysaccharide: EPS)を産生し,バイオフィルムを形成すると,たとえ弱毒菌であっても難治性感染症を惹起し得ることが近年の研究で明らかとなっている.我々はこれまでに,歯周病原細菌の1つであるPrevotella intermedia (P. intermedia)のなかに,EPSを産生してバイオフィルム様構造をもつものが存在すること,EPSを産生するP. intermediaのマウスにおける膿瘍形成誘導能は,EPSを産生しない株と比較すると100〜1,000倍強いことを報告してきた.EPS産生性はP. intermediaの病原性を決定する重要な因子であると考えられるが,その産生調節に関わる遺伝子は未だ不明である.本研究では,当研究室で辺縁性歯周炎病巣より分離した,EPSを産生するP. intermedia strain 17と,strain 17のvariantで,EPS産生性を失ったstrain 17-2を用いて,両菌株の病原性と遺伝子発現の差について検討した.マウスにおける膿瘍形成試験の結果,strain 17の膿瘍形成能はEPSを産生しないstrain17-2と比べ,約100倍強いことが明らかとなった.ヒト好中球を用いた貪食試験により,strain 17は好中球の貪食に対して抵抗性を有することが確認された.Strain 17の全ゲノム配列をもとにマイクロアレイを作製し,strain 17が菌体周囲に網目状構造物の産生を開始する培養12時間頃の遺伝子発現を,これを産生しないstrain 17-2と比較した.その結果,strain 17において21遺伝子が2〜4倍発現上昇していた.機能の特定が可能であった遺伝子としては,熱ショックタンパクである10 kDa chaperonin, 60 kDa chaperonin, DnaJ, DnaK, CIpB遺伝子が含まれていた.また,膜輸送に関わるABC transporter遺伝子の1つであるATP結合タンパク遺伝子も発現上昇していた.以上の結果から,EPS産生性はP. intermediaの病原性に強く関わっており,その産生に熱ショックタンパクとABC transporter関連遺伝子が介在することが示唆された.
著者
松浦 修 山中 武志 福島 久典
出版者
大阪歯科学会
雑誌
歯科医学 (ISSN:00306150)
巻号頁・発行日
vol.70, no.2, pp.141-150, 2007-06-25

我々はこれまでに臨床分離のPrevotella intermedia(P.intermedia)のなかに,菌体外多糖(exopoly-saccharide:EPS)を多量に産生して単独でバイオフィルムを形成する株が存在することを明らかにしてきた.また,バイオフィルムを形成するP.intermediaのマウスにおける膿瘍形成誘導能は,非形成株と比較すると100〜1,000倍強いことや,EPS産生に関わる遺伝子発現についても報告してきた.EPS産生性獲得に伴うバイオフィルム形成性は,口腔常在菌であるP.intermediaの病原性を決定する重要な因子であると考えられるが,膿瘍形成誘導との直接的な繋がりについてはいまだ不明である.そこで今回,当研究室で辺縁性歯周炎病巣より分離した,P.intermedia strain OD 1-16よリ分離精製したEPSを用いて,これがヒト貪食細胞に与える影響について検討を試みた.貪食試験には,ヒト単球系細胞であるTHP-1細胞と直径2.0μmのラテックスビーズを用いた.オプソニン化したラテックスビーズを0.5〜2.0mg/mL濃度のEPSでコートし,HP-1細胞の貪食に与える影響を透過型電子顕微鏡にて観察した.THP-1細胞をEPSコート/非コ一トラテックスビーズと共培養したのち,RNAを回収し,純度を確認後,マイクロアレイにアプライし,遺伝子発現の差を検討した.精製したEPSでコートしたラテックスビーズを走査型電子顕微鏡観察し,OD 1-16のバイオフィルムに特徴的な菌体間の網目状構造がラテックスビーズ間にも再現されることを確認した.これをTHP-1細胞に貪食させたところ,EPSが濃度依存的にラテックスビーズの細胞内への取り込みを抑制することが明らかとなった.EPSによる貪食抑制を受けたTHP-1細胞と,活発にビーズを貪食した細胞の遺伝子発現をマイクロアレイ解析したところ,EPSによる貪食抑制を受けた細胞の約140遺伝子で2倍以上の発現上昇がみられた.今回の研究結果より,バイオフィルムを形成するP.intermedia由来のEPSが,ヒト単球系細胞であるTHP-1細胞の異物認識後の捕食を障害し,その遺伝子発現にも影響を与えることが明らかとなった.これらのことから,バイオフィルム形成細菌のEPS産生性は貪食細胞に対する抵抗因子として働き,さらには宿主細胞の動態に影響を与えることで組織侵襲性に関与していることが示唆された.